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Prolog
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「…ええ、終わりました…後片付けはお願いします…はい。では」
それは、真夜中。
もう人っ子一人いない屋敷の一室での電話だった。
見るからに一級品の調度品や宝石などに囲まれた豪華絢爛な部屋は、この屋敷の主である男の私室であった。だが、今現在は男の最期の場所となりその門出を見送っている。
執務机を紅に染め、先まで息のしていた物体を横目に通話を切ったヒスイ=メイアースは、久々に面倒な仕事だったと嘆息する。
幻の暗殺一族と言われるゾルディック家。ヒスイはその分家にあたる家系ーーメイアース家の長子である。
幼い頃から暗殺のイロハを叩き込まれ、その薄暗い家業の一端を担っていた。
今回もその手の依頼で出向いたのだが、当日になってから依頼主から男に奪われた宝石ーーレッドベリルのネックレスも取り返してほしいと追加の依頼があった。
レッドベリルといえばダイヤモンドよりも希少価値が高く、エメラルドの仲間ということから赤いエメラルドとも言われている。一見すればルビーに見えなくもない。
そんなものをなぜ盗まれたのかと愚痴を言いたくもなるが依頼されたからには完遂させなけれならない。それは今後の自分自身更には家の信用に関わるからだ?そのためヒスイは大至急調査を始めた。
ただそれがとんでもなく面倒で、調べててもネックレスの在り処が分からなかったのだ。その為に態々時間を掛けて男自身から隠し場所を聞き出し、用が済んだところでさようならをした所だ。
しかし、話ができる程度に痛めつけるというのは本当に神経を使う。何度サックリとやりそうになったことか。
こちらとしてはフラストレーションが上がる一方なので、個人的にはあまりこの手の依頼は受けたくないのが本音である。
ヒスイはネックレスの入った箱を手に持って、助っ人が仕事を終えるまでの時間を携帯で潰す。
特にめぼしい連絡もないようで、上着のポケットにもう一度しまいこんだ。
「や」
「イルミ…そっちも終わった?」
「うん。約束通り報酬の3割よろしく」
「…ハイハイ」
片手を上げて音もなく現れた助っ人ーーイルミ=ゾルディックに、特に驚く様子もなくヒスイは、帰りましょうかとその部屋を後にした。
ーーー
「そういえば…キルアが家出したって聞いたけど」
「あぁ、母さんとミルキ刺して出て行っちゃったんだよね。母さん泣いてたなぁ……感激して」
「…ブレない人ね」
まぁまぁまぁ!!!立派になって!!!と感嘆するイルミの母ーーキキョウの姿が簡単に想像できたヒスイは、血によって真っ赤に染まった廊下で思わず半目になった。
ゾルディック家にはイルミを長子に5人の兄弟がいる。
長男はヒスイの隣にいるイルミ。その下に情報に強いミルキというぽっちゃり系の弟、更に下がキルア。そのまた下にアルカとカルトという兄弟。
件の弟であるキルアはゾルディック家の跡取りの12歳の少年だ。
才能の塊、という言葉があるが、キルアは正にそれだった。暗殺者としてのキルアの力は年齢など関係なく、並大抵のものではない。あと数年もすれば世界に名を馳せる暗殺者になっていたことだろう。
故に長男であるイルミではなく、キルアが跡取りとして、当主のシルバとイルミに厳しく育てられていた。
その様をヒスイは見たことが一度あるが、見ているこちらが寒気がする程に徹底的だった。
特にイルミの"教育"は寒気を通り越して吐き気を覚える程に陰湿で、洗脳と言っても何ら不思議でないものだったのをよく覚えている。意外とこのイルミの歪んだ愛からキルアは逃げたのではないだろうかなんて思う。
因みにーー勿論ではあるが、キルアの家出決行日はこの長兄のいない日の話である。
「ハンター試験受けるからそのついでに連れ戻してくるつもり」
「へえ、頑張って。
試験、ようやく受ける気になったのね」
「次の仕事で資格が必要になって」
「あぁ、そう」
逆に言えば仕事に必要でなければ受けることもなかったということか、と相変わらずのマイペースな幼馴染にヒスイは言葉を呑み込んだ。彼には何を言っても無駄ということは既によく分かっている。
「そういえばさ、ルリは見つかったの?」
ふと思い出したかのようなイルミの問いかけにヒスイは、やっぱり来たと思うも何でも無いかのように答える。
「まだだけど」
「その割には焦ってないね。あの子は君のとこの跡取りでしょ?何で?」
心底不思議がるイルミにヒスイはため息をつく。
何故、と言われても困る。イルミには到底理解できない理由であるからだ。
ルリ=メイアースは、ヒスイの5つ年下の妹だ。ゾルディック家と違い、子宝に恵まれなかったメイアース家はヒスイとルリ2人姉妹だった。
そして、こちらもゾルディック家同様姉よりも妹の方が類稀なる才を秘めているために妹が時期当主となることが決まっていた。
だが、弟がいなくなりすぐに行方を調べたイルミとは真逆に彼女の父やヒスイはルリがいなくなっても特に何をするでもなく悠々と構えている。
ヒスイが何を考えているのだろうかと常々思うことがあれど今回程そう思ったことはない。
「逆に何を焦るの?自分の意思で外に出たんだもの。帰ってきたい時に帰ってくるわ」
「……ヒスイのそういうとこホント理解出来ない」
「それはお互い様」
ヒスイがイルミのキルアに対する管理するかのような接し方が理解できないように、イルミはヒスイのルリに対する放任主義的な接し方は理解出来ない。
きっといつまで経っても平行線で変わらないだろう。
「ヒスイがいいなら良いんだけど」
「まぁ、行き先は予想ついてるから」
「え、そうなの?どこ?」
首を傾げるイルミにヒスイは微笑んで言った。
「ザバン市ーーーハンター試験会場よ」