-
ありふれた明日がほしい
-
ルリ=メイアースは人には大きな声で言えないちょっーぴり特殊な家業を生業にする家の次女だった。
母は亡くなっているが、厳格だけれども実は優しい父と冷たく見えて本当は優しい姉の4人家族である。
数度襲い掛かってくるハンター試験の篩(ふるい)をルリは難なくクリアし、ザバン市へ到着していた。
道中は本当に大変だった。盗賊は出てくるわ、列車は炎上するわ、数えだせばキリがない。
一通りの苦労を思い出したところでルリはナビゲーターの案内でやってきた店の扉を開く。
見たところ外観どころか内観も、どこにでもある普通の定食屋。本当にハンター試験会場なのか疑問である。もし、嘘つかまされたのなら後ほど先のナビゲーターを締め上げなければならない。
「らっしゃい。ご注文は?」
「ステーキ定食。弱火でじーっくり」
疑問を持ちながらも定食屋に入ってすぐ。無愛想な店主ににっこりと合言葉をルリは告げた。店主はピクリと反応してから、元気なアルバイターにその個室へルリを案内させる。
愛想の良いお姉さんに案内されるまま辿り着いた個室は、中央にぽつんとテーブルがある寂しい部屋だった。テーブルの上に乗る注文のステーキ定食のジュージューと肉が焼ける音がやたらと響く。
お姉さんには素敵な笑顔でごゆっくり〜と言われたが、ゆっくりするも何も何にもないのにどうしろというのだろうか。的確に答えていただきたい。
取り敢えずルリはすることもないし、ステーキが冷めると勿体無いので食べようと席につく。
すると。
ガコン。
そんな音がしたかと思えば部屋がエレベーターのように下降していくではないか。
部屋そのものがエレベーターとはお金かけるねぇとルリは、ステーキを食べながら他人事ように思った。
ーーー
小さな箱に閉じ込められること30分。
軽快な音がなり、エレベーターが地下100階に到着したことを告げる。
ステーキを完食したあと、ルリは暇すぎて凝ったしまった肩をボキボキ鳴らし軽い足取りでエレベーターから出、試験会場へ踏み入れる。
揚々と踏み出したルリに途端、あらゆる視線が突き刺さる。
殺気まではいかないがピリピリした空気が地下に篭っていた。
気づかない体を装ってルリは視線を無視するが、正直なところかなり不愉快である。
敵意ある視線はともかく、なめ回すようなねっとりしたものは本当勘弁してほしい。
できればすぐにでも物理的に辞めさせたい位だが、ルリはここでことを荒立てるほど不用心でもなければ、考え無しでもない。
「(うぅー……がまんがまん…)」
「道中ご苦労様でした。プレートをどうぞ」
「ありがとー」
暗示をかけるように繰り返し唱えて気持ちを切り替えたルリはグリーンピースのような人から受験プレート100番を受け取る。
そして、お気に入りの赤いコートにそれを付けるとぐるりと会場を見回した。
ざっと見たところ、人数は100人ほど。受付の人の元にあった次のプレートは101番だったことから到着順に番号を振り分けていると見た。
しかし、しょうが無いかとはいえ男女比率がとんでもなかった。見渡す限りの男男男と男だらけ。女性は片手で足るほどしかいない。
先程の視線の意味を完全に理解したルリは、なるほどねーと頷く。
命の危険はもちろんだがそういう危険もあることも頭に入れて置かなければならないようだ。
しかし、この暑苦しいのどうにかならないものかと辟易する。
もっと花を飾ろうよ、花。目に毒なんだけど、この光景。
「君、新顔だね?」
「ん?あたし?そうですよ、ルーキーちゃんですよー」
ルリが癒やしが無いとか萎えるわーとボヤいていると、ぽっちゃりしたいい年のおじさんがニコニコしながら話しかけてきた。
「オレはトンパ。よろしく」
「あたしはルリ。よろしくね、トンパさん。
ところでどうしてあたしが新人だってわかったの?」
握手を交わしたルリは早速疑問をぶつけた。
ルリの勘違いでなければトンパは地下道にルリが来た瞬間やってきたように思う。それも迷い無く。
ルリ自身そう新人と分かるような仕草はしていないはずである。
「あぁ。オレは10歳の頃から35回テストを受けてるから分かるんだ」
「へ、へぇ………」
まさか知らない内にやらかしていたのかと1人内心焦ったが、まさかの予想の斜め上をいった答えが帰ってきてルリは引いた。
なんとか愛想笑いを必死に取り繕っているがきっと変な顔になっているだろう。
胸を張るトンパには悪いがルリは正真正銘の馬鹿だ、と思ってしまった。
いや、大抵の人はそう思うかもしれない。
トンパの言うことはつまり、35年ずっと彼はハンター試験に落ち続けているということになる。何故ならばハンター試験は年に1回の試験なのだ。
正直、ルリには理解できない。何故そんな回数重ねることができたのか。2桁になった時点で悟れよ。
そもそも、それは自慢話にならないことが何故分からないの。
口に出さないがルリは心底飽きれていた。口に出さないだけマシと思っていてほしい。だってルリは大人なのだ。
一回り以上年下のルリに毒突かれていると気付いているのかいないのか。
恐らく気付いていないトンパはそうだ、と人当たりのいい顔を浮かべると缶ジュースを差し出してきた。
「お近付きの印にこれやるよ。お互い頑張ろうな」
「え、あー…うん。ありがとねー」
何なのこの人正真正銘の馬鹿かいや馬鹿だったと顔には出さずに決めつける。
いくら何でも"この"試験会場で他人ーー敵になる人間から貰ったものを食べ飲みする阿呆がどこにいるのか。どう考えても何か罠があるに決まっている。飲む馬鹿はゼロに等しい。
たとえいたとしてもそれは余程の馬鹿かそれかーーー。
見たところ普通の缶ジュースだったが、なんというか色々と怪しすぎる。絶対になにかある。
トンパに礼だけ言うとルリはポケットにそれをしまいこんだ。
「あれ、飲まないの?」
「…あたし、さっき水がぶ飲みしちゃっててお腹たぷんたぷんなの。また後で飲ませてもらうねー」
「そ、そうか!ならいいんだ!」
ありそうな嘘をつけばトンパはじゃあな!と軽快な足取りで去っていく。
ルリは笑いながら手を振っていたが、その姿が見えなくなるとポケットにしまった缶ジュースを取り出してジィっと見下ろす。
見た限りでは異常はないけれど、飲むと言った瞬間のトンパの笑顔から見るにこのジュース。
「(なーにが入ってるんだろ…ま、毒は効かないからなんでもイイけどー)」
ルリは気付いてしまったけど、本当に人の良さそうな顔をしてやることがえげつない人だわーとどこか他人事のように感想を漏らした。
多分トンパは、今までもそうやって新人を落として来たのだ。
だが、あそこまでしているのに今谷合格出来ていないのさ少し、ほんのすこーーーしだけ可哀想ではある。
と。ルリはいつまで経っても合格出来ない冴えないおじさまに同情した。
まぁ、そんなことに時間を使う暇があるならもっと別のことに使うほうが有意義と思う。
リンゴを手で弄ぶ要領でポンポンとジュース缶を投げてはキャッチし、投げては受け止めを繰り返していると見覚えのある銀色を見つけ声をかけた。
「キルア?」
「あ、ルリ。お前おっせーよ、ルリが試験会場集合ねっていった癖に」
「そう?って、大して番号変わんないじゃん」
「はぁ?オレのほうが後で家出たのに何でお前の方が後なんだよって聞いてんの」
「それはまー…寄り道してて、ね?」
「馬鹿だろ、お前」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよーだ」
話し掛けてきた銀髪の少年にルリはべーっと舌を出した。
一緒に行かね?と不安げに聞いてきたあの可愛いキルアはなんだったのか。幻覚だったのかな!?
スケボーを持った、どこかルリに似ている彼の名はキルア=ゾルディックという。
ゾルディック家を家出をしたと言う彼に習うようにしてルリも現在メイアース家を家出をしていた。
別にキルアのように家が嫌になった訳ではない。ただキルアだけが外の世界に行くのが不平等だと思った故の行動だった。
ほんと、キルアって素直じゃない。心配したならそういえば良いのに。
むふふーとニマニマ笑うとキルアはキモい、と言って足を蹴ってきた。ちょっと痛いんだけど。お返しにデコピンをしてやった。ザマー見ろ。
それから数時間過ぎ、100人いた受験者は2倍、3倍に膨れ上がり、疎らだった会場も人人人の人集りが出来上がっていた。因みに過半数以上が男である。それはともかく、流石は世界で最も望まれる称号ではある。
会場に来たときの視線のこともあり、下手に動き回ってどうこうなることを危険を感じたルリは壁際に寄り、試験開始の時刻を待っていた。
キルアはじっとしているのが性にあわないとか言って動き回っている。
一応トンパのことを知らせてはいるが、いい玩具を見つけたとばかりのイイ笑顔を浮かべていたので恐らくワザと仕掛け入りジュースを本人の前で飲むのだろう。本当に良い性格をしている。
一体誰に似たのか……、
「…お姉さまか…」
自身の姉にキルアがやたらと懐いていたのを思い出しがっくり項垂れた。
キルアがあんな小悪魔になったのはもしかしなくても姉のせいなのだろうか。
姉は年下をメロメロに甘やかすことが趣味みたいなところがある。ルリしかり、キルアしかりカルト然り。……ミルキはどうなのだろう?よくわからないけど。
ともかくなんせあの家では何もかもがまともじゃない。そのまともじゃない家の分家の出の自分が言うのもアレなのだけど。
歪んだ愛情を向ける人間よりも惜しみない愛情を注ぐ人間に懐く。それは摂理とも言えるし当然でもあった。
ルリもキルアの立場ならばキルアの兄よりも姉に懐いただろうな、なんて思う。
ーーーそんなことを思っていた一瞬のことだった。
「ぎゃぁぁァァ!!」
ざわめく地下に突如耳を劈(つんざ)く絶叫が響いた。
ルリは耽っていた思考を取り払い、会場へ目を向ける。
「え、なになに!?」
「おい、またアイツだ」
「今年もやりやがった…」
「……うわー」
ちょうど近くにいた男達の会話を盗み聞きしてから彼らにならって絶叫の元を見てみる。すると、そこには赤髪の長身の男がいた。
そこまではいいが、その男はピエロのようなフェイスペイントとそれに合わせたピエロのような格好をしており、全てが台無しにする奇抜な出で立ちをしていた。
歳はキルアの兄のイルミと同じか少し上だろうか。
彼は、一見穏やかに見える微笑みとトランプを携えて両腕が文字通り無くなった男にねっとりとした声音で言った。
「アーラ、不思議。腕が消えちゃった。種も仕掛けもございません」
嬉々と楽しそうにそう宣った奇術師に周りはドン引く。
話によると彼の名はヒソカ。
去年もハンター試験を受験するも試験官を半殺ししたことにより失格、加えて20人近くの受験者を再起不能にした男、なのだとか。
ルリは、周りの受験者から腕を失くし、悶絶する受験者を楽しそうに見るヒソカに視線を戻す。
殺すことには抵抗が無いルリではあれど少し気分が悪くなる光景だった。
一連のやり取りから察するにあのヒソカは殺しを生き甲斐に生を見出している人間なのだろう。
今まで数多くの裏の人間に会って来たけれど彼ほどそれに傾倒する人間を見たことはない。
そこには本人にしか測れない何かがあるのかもしれないが、少なくともルリはそれを理解したいとは到底思えなかった。
それとは別にルリには気になることが1つある。他の畏怖や恐怖する面々が気付いているかは分からないが、それはヒソカにルリが恐怖する一因でもある。
「(…念能力者?)」
勘ではある。が、おそらく間違いはない。トランプで人の腕を切断なんて普通ではできない事を可能にするものはこの世で1つしかないのだ。
念能力。
それは生命エネルギー、オーラを自在に操る技術のことだ。
確か姉の話では念には武器を強化する力の使い方もあった。まだ殆ど教えてもらっていないルリは出来ないけれど。
前にハンター試験に念能力者っているの?なんて冗談交じりに聞けば、いないから心配いらない、なんて姉は言っていたがどうしよう。いたんだけど。
見た目だけが可笑しなサイコパスだったら無視していたけど、これはマズイんじゃないかなぁ。
今のルリでは到底叶わないことも確定しているので、できれば、いや是非戦うことは避けて通りたい。
「気をつけようね。人にぶつかったら謝らなくちゃ」
いや、ぶつかっただけで腕切断とかやりすぎだろ。関わり合いたくないが思わず突っ込みを心の内でいれた。
それはもう反射的に。姉がいたなら聞いている人間がドン引きするくらいの毒を吐いただろう。
だが、それがいけなかったらしい。
「…」
「(見・ら・れ・て・るー)」
何故かニコォという効果音が付くくらい綺麗な笑顔を向けられ、ルリは地面に頭を打ち付けたくなった。もちろん、狙いは記憶の抹消である。あわよくば奴にツッコミを入れる前にタイムスリップである。