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金木犀が降る夜に
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ヒソカに目を付けられ生きた心地のしなかったルリであるが、運良く試験開始時刻になり、ヒソカとは特になんのアクションもなく事なきを得た。
因みにキルアはどこぞに消えたままである。
そして、いつの間にか会場に現れたのは素敵な髭のおじ様だった。
「では、これよりハンター試験を開始致します」
そう宣言し、ルリの遥か頭上にある配管からフワリと降りたったその人は受験者を地下通路へ誘導しながら歩く。
「さて、一応確認致しますがハンター試験は大変厳しいものもあり、運が悪かったり実力が乏しかったりすると怪我をしたり、死んだりします。
先程のように受験する同士の争いで再起不能になる場合も多々ございます。それでも構わない、という方のみついて来て下さい」
ルリはなんとも思わなかったが丁寧な脅しだった。だが、その台詞に屈した人間は生憎ながらこの場にはおらず、逆にやる気が滾る者が多いようにルリには感じられた。
ヒソカによってハンターの道を絶たれた不幸な受験生1人を置いて、ハンター試験受験生一同は地下道を進んで行った。
男性について来て行くこと暫く。その変化は少しづつ現れた。
徐々に徐々に一同の移動速度が早くなっているのだ。あちらこちらで舌打ちが聞こえるが先頭の男性は知らんぷり。中々の性格である。
受験生が男性の早歩きについて行けなくなり、先頭から走り出した頃。
先導していた男性が口を開いた。
「申し遅れましたが私は一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内致します」
「?二次…?ってことは一次は?」
「もう始まっているのでございます。"二次試験会場まで私についてくること"これが一次試験でございます」
「うへー……性格悪ぅ」
一次試験の本質を瞬時に見抜いたルリはサトツに聞こえないように小声で漏らした。
この試験は体力は勿論のこと、精神力を試される。
場所も時間も知らされないまま、永遠と変わらない地下道を走り続けるというのは言葉にすれば簡単だが実際はかなり精神的に堪える。
並の精神では耐えることはまずできないだろう。
それをわざわざ一次試験に持ってくるのだからあのサトツという男、見た目に反して大分性格が悪い。
「(できればもっと楽しい感じのやって欲しかったなー)」
こればかりは運次第だから不満を言っても仕方が無い。やれやれ、と肩を落としてルリは疾走する集団に遅れないように付いていった。
ーーーーー
荒い足音が洞窟の中で木霊している。
一次試験開始から数時間が経過し、ぽつぽつと脱落者が出始めていた。
集団の半ばあたりにいるルリはまるで作業のように足を動かしていた。
幼い頃から時にはキルアと一緒に命懸けの鬼ごっこをしていたルリ。彼女にとってみればこの試験は楽以外なにものでもない。因みに鬼はミケである。捕まればパクリなのだから必死にもなる。
なので、命の危険を感じることのないただの持久走など退屈でしかなかった。
「あーダルい……」
ため息ながらの何度目かのダルい発言をしたルリはスイーッと隣に銀色がやって来るのが見え、キルアを横目にどうしたの?と尋ねる。
キルアはといえば、ジト目になってルリを見据えて口を開く。
「お前、仮にも女なんだから言葉に気使えよ」
「……あらあら、私を放置プレイしていたキルア君じゃありませんの。どうかいたしまして?あと仮にもは余計でしてよ?」
「キモ」
「アンタが言葉に気使えっつったんでしょ」
「まーそんなことよりさ」
「無視?」
華麗にルリをスルーしたキルアはスケボーに乗りながら前を指差す。
「ルリも前来いよ。面白い奴がいんだよね」
「面白い?」
「退屈しのぎになるかもよ?」
「えー行く」
即決で決めたルリは早速キルアに付いていき、あっという間に先頭集団へたどり着く。
後ろの方にいても走るだけならキルアに面白いと言わしめた珍獣を見て見てみるのも悪くないと思ったのだ。どうせ走ることには変わりないのだからならば、面白いものを見ながらの方がいいに決まっている。
「キルア!」
「よ、ゴン」
「どこ行ってたの?」
先頭へ着いた瞬間、キルアに声を掛けた黒髪の少年をルリは観察した。年はルリより少し下。キルアと同じくらい。
元気いっぱい溌剌(はつらつ)な少年というのが印象だ。
「悪ぃ悪ぃ!このオバサン連れてきてたんだ」
「オイコラ。誰がオバサンだ。まだあたし15歳!」
キルアの聞き捨てならない台詞に噛み付いたルリはシャー!っと猫のように威嚇した。このガキ、本当に猫被りすぎ!お姉さまの前では良い子ちゃんの癖にぃぃ!!
そんなルリ達を見た少年は、キョトンする。
「キルアのお姉さん?
オレ、ゴン。ゴン=フリークス!よろしく!」
眩い笑顔を向けられ、瞬間ルリの胸は締め付けられた。先までのキルアのことなどどうでもいい。
これはアレだ。滅多に笑わない姉の笑みを見たときの胸キュンに似ている。
「(…なにこの子超かわいんだけどー!)
ルリっていうのヨロシクね。でも一個訂正。あたし、このクソ生意気なキルアのお姉さんじゃなくて親戚なの。とっーっても!残念なことに」
「それこっちの台詞。ゴンもルリが姉貴とか勘弁してくれよ。姉貴はヒスイ姉で十分だっての」
「あははー……オイコラ、ぶっ飛ばすぞ」
「キャラブレしてるぜ、オバサン」
「は?」
バチバチっとゴンを挟んで2人の間に火花が散った。
あたふたするゴンを尻目にルリは走りながらキルアと言い争う。そんなことをしていればいつの間にか出口へたどり着いた。
着いたのは、ヌメーレ湿原。
過酷な生存争いが日夜繰り広げられる通称、詐欺師の塒である。