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狼の群れと共に
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数時間ぶりに地下から脱出したルリを含む受験生。
彼らを待ち受けていたのは広大な見渡す限りの湿原だった。
「通称"詐欺師の塒(ねぐら)"
二次試験会場へはここを通って行かねばなりません。この湿原にしかいない珍奇な動物たちの多くは人間をも欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物です」
サトツの声に呼応するかのように不気味な動物の声があちらこちらから聞こえ始め、殺気までもが漂う。
死にたくなければしっかりと私のあとについて来て下さい。
ルリ達が通って来たシャッターが閉じた後に告げられた、サトツの念を押すような忠告に受験生が息を呑んだ。
そして、湿原の洗礼だと言わんばかりに張り詰めた空気を壊す男の叫びがその場に響く。
「ウソだ!そいつはウソをついている!!」
姿を現したのは満身創痍の男。
男は、サトツは偽物の試験官で自分こそが本当の試験官であると言い、手に持った人面猿の死体を見せつける。
「ヌメーレ湿原に生息する人面猿!人面猿は新鮮な人肉を好む。しかし、手足が細長く、力が非常に弱い。
そこで自ら人に扮し言葉巧みに人間を湿原に誘い込み、他の生き物と協力して獲物を生け捕りにするんだ!」
「ソイツは受験生を湿原に連れていき、一網打尽にする気だ!」
鬼気迫る訴えに受験生の一部がもしかしたら、と疑念を懐き始める。
が、それが通じるのは凡庸な受験生だけである。
相応の実力を持つ受験生には効かず、ルリはお遊戯を見せられているようだなんて思いながら欠伸をこぼす。
「ねぇ、キルア。まだ行かないのかなー」
「お前、呑気過ぎ」
「だーって……偽物はどっちよって話じゃない?」
何故わからないのかが分からないとルリは言った。
ハンター試験の担当官がいくら小賢しいとは言え野生の動物にあっさりと殺されるなどあるはずがない。
少なくとも、一次試験官のサトツは間抜けを晒すようなハンターではない。
ここへ先導する中、サトツは無防備にルリ達に背を向けていたように見えた。
が、実際は全く隙などなかった。
そんなひとが虚言に騙されるほど愚かなはずない。
それなのに。疑心暗鬼になっている受験生がちらほら見えてルリは、本当にこいつら目ついてるのかとそっちを疑問に思った。
その刹那。
「…!」
殺気を感じ、身構えた瞬間"何か"が風を切る音が聞こえ、気付いたときには自称試験官は絶命していたのだ。
男の顔面にはトランプが突き刺さり、サトツにもトランプは向けられていたが彼は難なくカードを受け止めていた。
それを目の当たりにしてルリは冷汗を流す。
汗を流したのは男が死んだことで動揺したのではない。
「(見えなかった)」
飛んできたトランプもそれがどこに行くのかも残像しか見えなかったのだ。
ルリは、並よりは強い自信はある。伊達に暗殺一族の一員だった訳ではない。
自分の実力はよくわかっているし、自分が強いと天狗になった気もない。
というか、自分より強いのが6人以上あの一族にはいるので天狗になんてなれる訳もないのだが。
それはさておき、それでもハンター試験なら余裕で合格できる実力はあると思っていた。
しかし。
少し、その認識は改めたほうがいいのかも知れないとトランプが飛んできた方向へルリは目を向けた。
トランプの主は、試験開始前他の受験生とひと悶着起こしていたあの奇抜な男だった。
彼は何が面白いのか、引き笑いながら「なるほど、なるほど」とトランプをシャッフルする。
偽試験官に見せびらかされた人面猿が命の危機を感じて逃げ出そうとしたが、彼は一切躊躇なく人面猿を仕留めてしまう。
「これで決定。そっちが本物だね。
試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償でつくもの。
我々の目指すハンターの端くれともあろう者があの程度の攻撃を防げない訳ないからね」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。しかし、次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね?」
「はいはい」
警告を受けたにも関わらず、聞いているのかいないのか。ニヤニヤ笑いながらヒソカは返事をした。
「それでは、参りましょう」
サトツを先頭にルリ達、受験生はヌメーレ湿原へ足を踏み入れる。