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鈍色アンダーワールド
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サトツに続いて湿原へ入って行ったルリら受験生は、自然のトラップに苦しめられていた。
泥で足を取られることから始まり、数メートル先すら見えない深い霧、爆発する植物、触れた瞬間痺れる植物等など…普通の人間が迷い込んだら最後生きて出ることができない類のものが多数仕掛けられていた。
ハンターになるのであればこの程度軽く躱せなけれざなる資格なしということなのだろう。
ゴンやキルア達と離れて走っていたルリはヌメーレ湿原に踏み込んだ時から徐々に強まる殺気にソワソワしていた。とてつもなく居心地が悪い。
殺気の出処は分かっている。あのピエロのような男、ヒソカだ。
試験前からなんとなくわかっていたが、あの人面猿のやりとりを見てはっきりと分かった。
ヒソカは、危険だ。
殺すことに抵抗がないことは人のことをルリには言えない。
だが、ヒソカは殺すことに愉しみを感じている。
快楽を見出しているのだ。きっと今、殺したくて殺したくて仕方ないのだろう。その証拠が隠しきれていないこの殺気だ。
今にも爆発しそうなそれに試験がダルくて後方にいたルリだが、何かヒソカが始める前に避難した方が良いのかも知れないと思い直し足に力を入れた。
「あー…遅かったなー、これは」
前方から聞こえ始めた悲鳴にルリは霧しか見えない空を仰ぎ、ヒソカがやり始めたのだと瞬間的に悟ってしまった。これがやってしまったというやつだろう。
そして、半ば諦めたルリが到着したそこには地獄絵図があった。
明らかに鋭利な何かで切り裂かれた人間がそこかしこに倒れ、残っている人は片手で数えられるほどだった。
本当に嫌なタイミング、なんて思いながら周囲を警戒する。
ヒソカはルリを見た瞬間、それはそれは素晴らしい笑顔を浮かべる。
「やぁ、いらっしゃい」
「あ、結構ですー。なんで通してくれない?」
「そんなこと言わずに。
ボク、今試験官ごっこしてるんだ。
だから、キミもボクが判定してあ、げ、る」
「キモいんですけどー」
何故か語尾にハートマークが見えた台詞にルリは心底気持ち悪いものを見る目でそう返した。
元々高くない体感気温が更に下がった気がする。見れるなら見てほしい。この鳥肌。
ルリは、ヒソカに対して快楽殺人鬼に加えて変態という称号を与えた。殺人鬼に変態。なんてパワーワード。本当に気持ち悪い。
思わず身震いしたルリはヒソカに警戒しながらもチラリとこの場にいる自分以外の可哀想な受験生を見やった。
1人は見るからに地味な男の人、2人目は見るからに不審者な上半身裸の男、3人目は綺麗な女の人だ。
この場に足止めされてそう時間は経っていないが、この湿原で道標を見失うことは死に直結する。一刻も早く試験に復帰したいところである。
そもそもここは、ハンターになりたい者達が集まっているのだ。それを実力はあろうともまだハンターですらない人間が判定するだなんて烏滸がましいにもほどがある。
こんなところで時間をロスするわけにはいかない。
「(しょうがないよねー…1番可能性ありそうだし…)」
ルリは後ろ手にケータイを持ってメールアプリを起動。後ろにいる3人にケータイ画面を見せるように文字を打った。
ヒソカが何やら思案している今のうちに3人で。
他所様のために、なんて気は一切全く進まないが1人か共闘かで天秤にかけた結果1人のほうがまだ希望はあると判断した。
自分1人で手一杯なのに赤の他人に気を配る余裕なんてあるはず無い。
だったらまだ1人のがマシである。
彼らがコレに気付けばいい。気付かなければそこまでの実力だったと諦めてほしい。なんて思いながら。
一方的に見知っていた少女にけちょんけちょんに言われたヒソカは、自分にドン引きながら腕を擦る少女に懐かしさを覚えていた。
人物こそ違えど同じように蔑んだ目で見てくる少女が過去にいた。そう、彼女に初めて会ったあの時もこんな状況だった。
気紛れに侵入した屋敷で、美味しい果実を探していた時に見つけた青い果実の少女。
あのまるで人を虫けらを見るかのような冷たい眼差しには本当に興奮した。昂ぶった。
……何が、とは言わないケド。
そして、何も知らないにも関わらず姉と同じ行動を取っている彼女の妹。
やはり、姉妹。血は争えないというやつなのだろう。
それ故に惜しい。
「(ウーン…殺すなって言われてるだけだし、味見くらいはしていいかなァ)」
よし決定と悩むことなく決めたヒソカは、にんまりと更に深い笑みを浮かべ足を踏み出す。
すると。
ルリ以外に残っていた3人が背を向けて駆け出したのである。
「おや?」
「ざんねーん。アンタに付き合ってるヒマ、あの人たちには無いんだってー」
「キミは逃げないのかい?10秒だけなら待ってあげるよ?」
「ジョーダン。気付いたら後ろからバッサリ…なんてそれこそ笑えない」
なにより、この男から逃げ切るには圧倒的に実力が違い過ぎる。なら、どうせならば、背後を取られて状況を悪くするのなら面と向かっている方がマシというものだ。
「キミもいいねぇ…いいよぉ」
頬を上気させ、息を荒らげ始めたヒソカにルリは顔を青くして恐怖した。想像以上にこの男は危険だ。いろんな意味で。
先とは別の意味で震える身体を抑えつけて、ルリは駆けた。
変態と言えども力の差は歴然だ。絶望的な程ヒソカが優位。つまりは、小手先だけの小細工は一切通じないということだ。
ならば、先手必勝。
ルリは、大きく跳躍しヒソカの頭を狙って蹴りを入れる。が、ヒソカは頭の位置をずらして容易く避けてしまう。それでもルリは笑みを作り上げた。
「(予想、通り!)」
ヒソカが身体を反らして避けるなんてことは想定済みだった。
何故ならヒソカは自分の方が強いと分かっている。だから、戦闘を楽しむ為にその場から動いて避けるのではなく敢えて危険の高い避け方をするなんてこと。
それこそが、ルリの狙い。
ルリは着地と同時に背後へ周り、コートの袖口に隠し持つ鉄扇を手に持つ。そして、ヒソカの体重が後ろに移動した無防備な身体を地面に叩きつけた。
「痛いじゃないか…」
「ならちょっとは痛がる素振りでもしてくれない?(無傷とか…めっちゃ泣きたいんだけど)」
すぐに、そして嬉しそうに起き上がったヒソカに冷汗が流れる。渾身の一撃を無傷で流された。
虚勢を張ってはいるが、すごく泣きたい。詰んでる。いや、わかってたことだけど。
獣の顔をしたヒソカがゆっくり1歩1歩近付いて来る。1歩近付く毎にルリは1歩下がっていく。
「真正面から突っ込んで来た時はとんだ期待外れかと思ったけどやっぱりイイねぇ、キミ。中々いい線いってたよ」
「お褒めの言葉ありがとー。序に見逃してくれるともっとありがたいんだけど」
「ウーン、そうだなぁ…」
ニコニコ笑いながら近づいて来るヒソカにルリは絶望一色。その辺に転がってる死体の仲間入りの未来しか見えない。
やばいやばいやばい。どう考えても好転しないこの状況に警鐘が鳴る。
やっぱり、見ず知らずの他人なんて助けるんじゃ無かった。
と、ルリが後悔していた時である。
近くにヒソカ以外の気配が増えて、振り返れば半裸の男が棒きれを持って戻って来た。
「何で戻ってきたの!?」
「悪ぃな、お嬢さん。けどな、こちらとらやられっぱなしで我慢できる程気ぃ長くねぇんだよ!!」
彼は雄叫びを上げてヒソカに突っ込んでいくが、ヒソカは軽々と彼の背後をとる。そして、男に無慈悲な一撃を加えようとしたところで、その一瞬ヒソカの顔に球体が直撃する。
「え、ルアー?」
「やるね、ボウヤ。釣竿?面白い武器だ。ちょっと見せてよ」
釣竿の主はなんと、ゴンだった。呆然としているルリを他所にヒソカの関心は完全にゴンへ移り変わる。好機と言わんばかりに男がヒソカに殴りかかるもあっさりと返り討ち。遠目から見ても意識はなく完全にノックアウト。
ゴンもヒソカの死角から釣り竿で攻撃を仕掛けるもあっさりと捕まってしまった。
「なるほど。仲間を助けに来たのかい?イイ子だねぇ。
…心配せずとも彼は合格だから殺してないよ」
何かを探るような目でゴンを見ていたヒソカはゴンにそう言えばうん、キミも合格。いいハンターになりなよと笑う。
その後ヒソカの仲間らしい男から着信があり、ヒソカはゴンに試験に戻れるかを確認する。ゴンが首を縦に振るとあの独特な笑い声を上げながらヒソカは失神した男を担いで霧の中へ消えて行った。
その姿が見えなくなると緊張状態が溶けたのかルリは、へたり込む。本当に死を覚悟した。もし、彼が来なければ、ゴンがあの時駆けつけていなければルリはこの世界にはいなかっただろう。
「ゴン、無事か!?」
座りこんでいればゴンの知り合いだったらしい、逃げたはずの金髪美人がゴンの安否を確認する。あの人まで帰ってきてるとか結局ほぼほぼ全員戻ってきてんじゃねーかと悪態をついた。
「ルリ、怪我はない?」
「やー、怪我はないかなー。一応」
ははは、と金髪美人と一緒にこっちにやってきたゴンに空笑いを溢した。
さっきは本当に運が良かった。絶体絶命の危機に助けられるなんて、一生分の運を使い果たしんじゃないだろうか。
「あ、クラピカ。この子はね、ルリ。キルアの友達なんだ」
「ルリっていうの。よろしくね」
「私はクラピカ、こちらこそよろしく頼む。
ルリ遅くなったが先程の囮、感謝する」
金髪美人改め、クラピカとルリは握手をかわした。そして、クラピカから改めて感謝されるもルリは微妙な顔をする。
「そんな、いいよー……結局殆ど時間稼げなかったし…半裸の変態には助けられるし……」
ほじくり返したくはないが、事実である。まさかあんな変質者に助けられたなど2回も3回も言いたくもないのだけどゴンの純粋な眼差しに曖昧に濁すのは憚られた。
ゴンは、ルリの言った人物に?と首を傾げる。そんな名前の人いただろうか。
「はんらの変態?」
「……レオリオのことだな」
クラピカは呆れた目で今ヒソカに担がれて二次試験会場へ向かっている友を思った。同性からしても引くその姿はやはり、異性から見れば変態以外何者でもないということか。彼がこの試験に必死に挑んでいることを知るだけにクラピカはなんとも言えなかった。
試験には真摯ではあるのだよ。一応。
2人の反応を見てルリは、少し引いた目で2人を見た。
「…もしかしてあの不審者、2人のお友達?」
「うん!レオリオって言うんだ」
「………そっかー…」
名前を聞いたわけではないのだけど。とりあえず、変態から純粋無垢なゴンの汚れない心を守ることをルリは決意する。ゴンは命の恩人なのだ。そのくらいのことはしなくては。
同じ変態のヒソカからは残念ながら無理だが、レオリオとか言うらしい男程度ならなんとかなる。
ふふふふふ、あたし頑張るねと意味深に笑うルリにゴンは首を傾げ、頑張ってね…?とよくわからないままに応援した。