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黒崎一護は彼女が好きだった。
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春といえば、別れの季節であり、出会いの季節でもある。
明日、俺は4年間通い続けたこの大学を卒業する。
≪19時にいつもの場所に来て≫
ベッドの上で横になり、雑誌をペラペラ捲っていると突然携帯が震えだした。
どうやら1通のメールみたいだ。
差出人は大学1年の頃から親しくしてきた友達からだった。
現在の時刻は18:47
こいつの急な連絡も、もう慣れた。
もうすぐじゃねぇか、と飽きれと嬉しさのこもった溜息を吐いた。
重い体を起こして、この季節にTシャツはまだ肌寒いと思い、クローゼットから少し冷たいパーカーを羽織り、足早に家を出た。
いくら春の訪れとはいってもやはり夜は肌寒い。パーカー着て正解だったと、いつもの公園に腰を下ろして空を見上げた。
こんな日に限って無数の星が輝いてる。胸くそわりぃなぁ、変に勇気付けられてる気分だ。
「傷心じみた顔で空見ちゃってどうしちゃったの?」
後ろから突然聞こえた声に驚いて振り向くと、呼び出した張本人が立っていた。
「うるせぇなー、つか来んの遅いんだよ」
「はいはいごめんごめん」
全く心が籠ってない謝罪を吐くなり隣に腰をかけてきた。
俺が先に来て、こいつ後に来るのはいつもと変わらない。だからこそまだ現実を見たくなくて空を見上げてたんだと思った。
「何考えてんの、ほら、これあげる」
突然差し出された缶コーヒー。こいつが何か持ってくるときは決まって何かしらあるとわかっていた。
「おぉ、ありがとな」
「どういたしまして」
缶コーヒーを受けとると、互いに缶コーヒーを開け一口だけ飲み込む。
あー、ちょっと寒い日の缶コーヒーは最高だー!と、嬉しそうに微笑むこいつの顔を見て、あぁそうだな、なんて心の底から笑えてない笑顔を作り出して答えた。
それから他愛もない話をしてどれくらい経っただろうか。話が一区切りついたのか、どちらとも喋らずただ空を見上げていた。
「ねぇ……黒崎」
長い沈黙を破ったのは、こいつだった。
何かしら返答した方がいいのはわかってるが、何故か上手い言葉が出てこない。その代わり、目線をこいつの方に向けると、凄く寂しそうな遠い瞳をしていた。
「今まで、ありがとう」
空を見つめたままのこいつから発せられた言葉を耳にして、やっと現実を突き付けられた気分になった。
あぁ、こいつと会うのも明日で最後になるのか。
俺は何も言えないまま、ただこいつを見つめていた。こいつもそれ以上何も言わずに空を見上げていた。
「そろっと帰ろっか」
そう言うとこいつは立ち上がり大きく伸びをして、俺の方へ振り向き手を差し出す。掴まれ、ということなのだろう。その手を借りて立ち上がった。
「んー、よし!またね!」
こいつはそれだけ言うと俺に背を向けて歩きだした。
まだ、こいつと一緒に居たかった。笑っていたかった。幸せにしてやりたかった。
離れていく背を見てると沢山の想いがはち切れそうになるほど胸が痛む。
俺はその想いを爆発させるかのように声をだした。
「おい!!!!!」
足を止め、ゆっくりと振り返った。
視線が重なりあうこの一瞬がとても長く感じた。
こいつに言うのはこれだけでいい。
俺は大きく手を上げた。
「じゃあな!」
この一言に沢山の想いを込めた。
俺達なんてこれでいい。
じゃあな、四年間の片思い
そっと笑ったこいつは、また背を向けて歩きだした。