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沙里はまだ14歳だ。
いくら幼女ではなくなっても、睫毛に縁取られた瞳は無垢な光を宿し、横顔はまだあどけない子どもに見える。
彼女は今、両腕を麻縄で拘束され、屈強な男に挟まれて森を歩いていた。
陽が沈んでまだ間もないのに、生い茂る木々に挟まれた細道は暗く、足場も時折ぬかるんでいて不安定だ。
頼りとなる松明は両脇の男が持っていたが、彼らは自分の足元を照らすのに必死で沙里のことなど思考の圏外。
身に着けているのは、薄い布地の白いワンピースのみ…そんな沙里が石を踏んで足から血を流そうと、彼らにとっては全くの他人事だ。
(うぅ…帰りたいよ…嫌だ、怖いよ……)
得体の知れない恐怖が肩にのしかかり、彼女の脳内を怖いの二文字で埋め尽くす。
涙腺は本当に崩壊してしまったのか、涙の一粒も頬を伝うことは無かった。
森独特の、鼻腔を嫌に刺す湿気った臭いが弱くなった頃、前方10メートルぐらい先だろうか…木々の無い一面芝生の拓けた場所が見えた。
中央には木造の広い屋敷が建っており、目の前にはささやかながらも清流の境界線が引かれてある。
今まで見えもしなかった満月が背景に加わり、沙里は不覚にも美しいと感じてしまった。
不思議と気持ちが落ち着き、恐怖が和らぐ。
「ここで俺達の役目は終わりだ。」
「振り返らずに行け。」
手の拘束を解かれ、言われるがまま小川を跨いだ沙里はーーーひとりでに、彼女を迎え入れるように開いた大きな扉を潜った。
バタンーーーーーー
重量感のある音を立てて扉が閉まり、室内の蝋燭が一斉に灯って長い一本の廊下を照らしだす。
(あれ…私、ここって……)
遠くて豆粒程にしか見えないが、沙里は廊下の最奥にある、豪華な装飾が施された鉄の扉をその目に映した。
禍々しい雰囲気を感じ取り、どこか緩んでいた心が再び凍りつく。
外観の美しさに掻き消された負の感情が、間欠泉のように湧き上がって蘇った。
「…!あ、嫌…いやっ!開けて!ここから出して…っ!!」
急いで廊下に背を向け扉を叩くが、分厚い板はビクともしない。
あまりに必死で痛みも忘れ、手から血を流しながら助けを求めるも、あの男達は今や帰路の途中。
「う…お願い…助け、助けて……」
ガクリと項垂れた沙里は、自分を強く抱き締めてただただ震えた。
ヒュゥウ………
その時、どこから吹いた風が沙里の髪を揺らし、知らない誰かの声を届けた。
ーーーーー怖がる必要はない
「!?」
まるで、頭の中に直接話し掛けてくるような。
不思議な感覚だった。
低くて少し掠れた男の声に導かれ、また沙里の中から一切の感情が無くなる。
自身の足取りすらも記憶に無いまま…気が付けば、彼女は鉄の扉の向こうへ足を踏み入れていた。
彼女の村には、ある言い伝えがあったのだ。
5年に一度、若くて美しい娘を捧げなければ、狂った巨大な狼が災いをもたらすと。
「…私が見えるか。」
「…へ…あ、あなたは、…!」
さっきまで、助けを呼びながら扉の前で打ち震えていたはず…
沙里は必死に記憶を探るが、どうして自分がここにいるのか全く分からない。
西洋を思わせるシャンデリアが照らしたこの部屋は、壁の棚に歪で奇妙な置物が大量に飾られていた。
沙里は石でできた診察台のような椅子に寝かされ、手は頭の上で固定されている。
脚はM字に広げられた状態で固定され、着ていたはずの白いワンピースは無くなり、素肌を冷たい空気に晒していた。
そんな中、状況判断もままならないのに、低い声の主はお構いなしに話しかけてきたのだ。
「さっきも言っただろう、怖がる必要は無い。」
「あ…………」
沙里の声は震えていた。
返事などこの際できるはずがない。
怖いのか、恐れているのか、感動しているのか、興奮しているのか…。
未知との遭遇は、形容しがたい感情のオンパレードだった。
「私はレイだ。お前もじきに慣れるだろう。」
目の前にいる彼は見た目こそ狼だが、まるで人間のような出で立ちで沙里を見ていた。
隆々とした筋肉は彫刻のようで、体つきは成人男性そのもの。
狼男という表現が当てはまる容貌だ。
琥珀色の瞳に沙里が映り、信じられないことに、その中の彼女は穏やかな表情をしていた。
しかし全裸は恥ずかしく、考えるより先に体が動いてレイに何かしらを訴える。
「ふ、服……!ないの、嫌…帰りたいッ!!!」
固定されている手や足で必死にもがくが、拘束器具は思ったよりも頑丈で自由になる気配はない。
擦れた皮膚からは血が滲み、沙里は顔を強張らせた。
「…諦めるんだな。どうせここから出られやしない。」
「や、ヤダ、帰るもん…!」
ぐずる沙里にやれやれとため息をつき、レイは毛深い五本指を自分の顎に添える。
手は人間そっくりで、とても大きかった。
彼の出っ張った鼻先がピクピクと震え、口の隙間から鋭い歯が時々こちらをのぞく。
「帰るったって、お前はもう捨てられたんだ。誰もお前の帰りを待ってない。」
「…う、うそ…」
「今頃、村の奴らはもう安泰だと言ってお祭り騒ぎだろうな。」
レイの言葉を聞き、沙里の顔が一瞬にして暗くなる。
自分を引率したあの男達の様子を見る限り、確かに自分は村に戻っても歓迎されないだろう…
何より、十年前は憶えていないが、五年前にそのお祭り騒ぎを経験していたのだ。
その頃は何も知らなくて、ただただ浮かれた時間を大人たちと過ごしていたが、今ようやく分かった。
背景にはこんなおぞましい出来事があったのだと。
「そんな……ぅ、うう…」
未だに自分が生贄だなんて…信じたくないが、もう……
沙里はしゃくり上げて泣き、自分にふりかかった現実を呪った。
同時に怯え、全身が粟立つ。
「ハァ……」
部屋に響く高い声にうんざりするレイは、何も言わずに背中を向けて歩き出す。
そして、徐に後ろの棚から小さな壺を手に取った。
「いつまでも泣くな。不本意でも与えられた役目だ。果たせ。」
レイは冷たく沙里を突き放し、壺の蓋を開けて中身を覗き込む。
無色透明な液体を確認した後、それを彼女の口内に流し込んだ。
「んグッ、ガハッ…げほっげほっ…!」
乱雑に注がれた液体は妙に甘く、後味はもっと甘ったるい。
驚いた拍子に気管にも入り込んでしまったため、激しく噎せて全身が揺れた。
沙里に無関心なレイはさっさと壺を元の位置へ戻し、まだ咳が止まらない彼女の正面に立つ。
薄い腹を大きな手でゆっくり撫でまわし、徐々に静かになってゆく彼女の反応を見た。
「ん…………は、ァ…」
咳が鎮まり、呼吸も定まって一安心…といきたい沙里だが、触れられているお腹がやけに熱い。
そこから広がる感覚に背筋がムズムズして、足先が幾度もピンと伸びたり緩んだりする。
恐怖と悲しみに支配された体が、別の何かに侵食されそうだ。
それは…初めて味わった快楽の一角。
性に関しては純粋で無知な子だったのに、本能でそれがキモチイイと分かってしまった。
もっと刺激が欲しいと体がうねる。
(…もっと、触ってほしい…気持ちよく…してほしい……)
頭の中を堂々と廻る欲は、気付けば口を衝いで出てしまい、微かな声も狼の立った耳には大きく聴こえた。
「もちろんだ…お前は何も考えず、身を委ねればいい…」
レイは身長が2mをゆうに超しているため、体を前に倒せば沙里をすっぽりと覆うことができた。
彼女が台に乗せられていても、だ。
液体の効果で早くも上気した沙里の頬を、赤い舌を出してペロリと舐める。
ああ…若い女の味がする…
レイは両側の口角を吊り上げて、快感に目覚め始めた女を嘲笑った。