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気付けばもう
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自慢じゃないが、しっかり確認しながら一度でも通った道ならば忘れない。本来おれは方向感覚はいいほうなのだ。
昨日迷ったのは、見知らぬ土地を甘く見てかかっていたからだった。
そう、確かに昨日は迷った。見事に。
が、通った道は、記憶している。
レンがいた本屋までの、道のりを。
―――おれは、覚えているのだ。
今度は迷わないよう、入念に辺りを確認しながら足を進める。
進みながら昨日歩いた道のりを思い出す。もう一度酒場の場所を確認してから街で一番賑わっている通りを歩き、人の多さに辟易して一本裏路地に出る。
相変わらず治安がよろしいことで、ゴロツキもガラと頭の悪そうがガキすらもいない。
それからしばらく歩けば、ビスタを射止めたこんな島には不似合いな武器屋を通り過ぎる。どうやら店主の道楽らしく、使い物になるものは置いていなかったとか云っていた。しかし刀の話で盛り上がってそれなりに楽しかったとか。閑話休題。
更に歩き、落ち掛けた看板、日焼けしてほとんど読めない表札、デコボコした舗装されていない道、街の中心の喧騒などまるで知らないような閑静な住宅街に辿り着く。
ここまでくれば、あの古びた本屋まであと少しだ。
「・・・・・・・・・。」
歩く。
立ち止まる。
考える。
・・・行ってどーすんだ?
昨日と違って、今日は迷った訳じゃない。
つまり、おれがあいつに会いに行く理由などないのだ。
いや、そもそも『会いに行く』?
おれが?
レンに?
なんでだ?
・・・会いたい?
・・・いやいや。
いやいやいやいや。
なんでだよ。
・・・それじゃあ、まるでおれが。
「あれ、サッチさん?」
「!?」
「やっぱりそうだ」
おれともあろうものが、背後から近付いてきた誰かに全く気付かなかった。油断もいいところだ。
こんなことマルコや親父に知られたら馬鹿にされるに決まっているし、エースには盛大に笑われるだろう。・・・想像だけでイラッとしたので、船に戻ったらエースを殴ろうと思う。
さて、誰か、と云っても、だ。
声でわかった。
美声でも独特でもないけれど、らしい、柔らかな声。
だいたい、昨日この島に立ち寄ったばかりのおれを知っている人間など限られているのだ。
振り向けば、そこには予想通りレンがいた。
買い物帰りらしく、両手にバゲットの入った紙袋を抱え驚いたように目を瞬かせおれを見ている。
そりゃ、まぁ、びっくりもするだろう。
二度と会わないだろうと思っていたはずの、通りすがりの迷子の男が、次の日ひょっこり顔を出したのだから。
・・・どうすりゃいんだ。
かける言葉が見つからず、とりあえず誤魔化すように片手を上げて挨拶をしてみた。
「・・・よぅ」
「こんにちは! こんなところでどうしたんですか?」
「いやぁ」
「あ、まさか、また・・・迷子に・・・?」
「んなわけあるか」
「ですよねぇ」
意外と失礼なやつだ。同じ島の同じ場所で、連日迷子になる馬鹿がどこにいるってんだ。
なんだか、レンの呑気な顔を見たら、いろいろ考えていたのが馬鹿らしくなった。
おれらしくねぇ。
ここまで来て、レンに会っちまったもんは仕方ねぇ。
もう、なるようになれってんだ。
「あ、もしよかったらお茶でもいかがですか? 今、いい茶葉をもらったところっでっ!?」
「あ」
―――べしゃッ
止める暇はなかった。
よせばいいのに、早足になっておれの方に駆け寄ってきたレンは、途中のデコボコに足を取られ、見事にすっ転んだ。
顔面から。
痛そうだ。
が、何故か荷物だけは腕を持ち上げて死守していた。
荷物を放り出してさえいれば、顔面は免れただろうに。
「・・・大丈夫か? 顔」
「・・・痛いれす」
「まーまー残念な鼻が更に残念なことに・・・」
「酷い!」
一旦荷物を置いて身体を起こしたレンにとりあえず近寄り、顔を覗き込んでやる。
傷にはなっていないが、ぶつけたせいで鼻と額が赤くなっている。眼鏡が割れてないのは不幸中の幸いなんだろうか。
「お前、ほんっと鈍臭ぇな」
「・・・改めて云わないでください・・・」
がっくりとうなだれるレンを更に笑えば、またもや怖くない顔で睨まれる。
・・・悪くない。
いや、睨まれることがではなく。
レンとの、こういうやりとりが、悪くないと思うのだ。
ただ少し、むず痒い。
「卵は・・・うん、よし、無事」
「割れてりゃ面白かったのになぁ」
「面白くないです!」
紙袋の中を覗き込み、卵以外のものも確認しながら頷くレンに云ってやれば、またリスのように頬を膨らませた。
この顔は、まぁまぁ悪くないと思う。
なんて思いながら、笑って手を差し出した。
レンはきょとんとおれと自分に差し出された手を見比べ、ややあってそれが掴まれと云う意味であることに気付いたらしい。
しばらくどうするか悩んでから、おずおずと自分も手を伸ばしてきた。ちなみに紙袋はすでにおれの手の中である。
ゆっくりと手が触れる。
昨日も触れた手だ。
少しがさついていて、擦り傷も多い小さな手。
けど、街中にいる労働なんぞ知らない綺麗な手をした女よりもずっと愛らしい手だった。
何より、暖かい。
「あ、ありがとうございます・・・」
「お礼はうまい茶でいいぞ」
「は、はい!」
じゃあお店へどうぞ、と云っておれから紙袋を受け取ろうとするレンに、しかしおれはそれを無視して歩き出す。
片手には荷物、片手にはもちろん、レンの手。
「・・・ぅええぇっ!? や、あの、え!? サッチさん!?」
「はい、サッチさんですよ」
「それはもういいです! あ、あの、その、なんで手を・・・!」
「いいじゃねぇか、目的地は同じだろ」
「そうですけど、え、えー・・・?」
そういう問題かなぁ、というレンの自信なさげな呟きはスルーした。
かわりに、昨日のように手を握る力を少し強めてやる。
すると、これまた昨日のようにはますます顔を赤くして沈黙した。
ああ、そうだ。
―――そうか。
・・・ちくしょう。
「・・・さっき」
「え?」
仕方ない。
とても癪だが。
「さっき、どうしてって訊いたよな」
「あ、はい」
とても、不本意ではあるのだが。
―――認めよう。
振り返り、レンを見て。
おれは続けた。
「お前に会いに来たんだよ」
―――どうやらおれは、こいつに好意を持っているらしい。
少なくとも、出会った次の日にはまた会いに来てしまうくらいには。
にやりと笑ってみれば、これ以上ないほど顔を赤くして絶句しているレンがいて、やっぱり悪くない、とまたおれは思った。
・・・なんだ、もう結構に惚れてるんじゃないか。
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気づいたら、もう手遅れ
20101110
20180402 再掲