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強引だと笑えばいい
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聞いてください。
明日はデートです。
* * * * *
どうにかこうにか、日の出ている時間帯にすべての本の作業を終えた。
案の定だが結構大変だった。
途中レンは、無造作に積み上げていた本を雪崩させて何度か埋もれたし、思いっきり埃の被っている本を手にしたまま深呼吸なんかしたものでしばらく咳やくしゃみに苦しんだりしていたし。
途中、シスターとやらは本当にこいつひとりに店を任せていて心配にはならないのかと疑問に思ってみたりした。おれだったら、こんなうっかりなドジ人間を雇うなら他に最低ひとりは見張り役と云う名のパートナーをつけるが。まだ見ぬシスターとやらの肝の座り方には感服だ。諦観しているのか本気で信頼しているからこそなのかは判断出来かねるが。
まぁそれは置いといて、外に出していた本を元通り店に戻した頃にはすでに夕方になっていた。
非常に健全ではあるが、おれはもう帰る時間である。
いや、別に無理に帰る必要はないのかもしれないが、いわゆる大人の展開など望めないことが分かり切っている――レンがその手のことに疎いのは考えるまでもない――のに、そんな遅くまでいるのは辛い。いろいろと。
名残惜しいがさっさと戻って船で馬鹿騒ぎして気を紛らわせ、また明日、レンに会いに来る。
今時ガキでもこんな健全なお付き合いなんざしていない気がするが、どうしようもないものはどうしようもないのだ。諦める。
それに、ちょっと冷静に考えてみると、やはりレンとどうにかなりたい、何かしたい――いや、手を繋ぎたいとか抱き締めたいとかは思うのだが、それ以上のことをだ――とか、そういう欲求がそこまで強いわけではないのだ。
ただ、傍にいたい。
レンを見ていたい。
それだけでも、本当は十分なのだ。
だから、わざわざ夜遅くまで共にする必要は、うん、ない、わけだ。
・・・と、言い聞かせる。
「・・・あの、サッチさん」
「あ?」
まずい。
もしかしておれ、無意識に声に出してたのか?
慌てて自分の口を塞いでレンに目をやると、レンは逆に不思議そうな顔をした。
違ったらしい。
気を取り直して一度わざとらしく咳払いをし、何だと問えば、レンは軽く首を傾げてはいたものの、ええと、と口を開いた。
「その、明日なんですけど・・・」
「明日?」
「はい。あの、明日は私、午前中は買い物に行くつもりなので、お店は午後から開く予定なんです」
「ほぉ」
「・・・で、ですから、・・・えっと」
もじもじ、とレンは自分の指を引っ張ったり握り込んでみたりして、視線を忙しなく空に彷徨わせている。
・・・そんなレンも可愛いなぁとか思ってしまうあたり、おれも大概末期だろう。あばたもえくぼってやつか。いや、でもレンはそこまで酷い顔じゃない。
何の話だ。
そう、明日の話。
レンの様子を内心にやにやしながら表向きは冷静に眺めつつ、口下手なレンの云いたいことを今の台詞を総合して考える。
数日の付き合いでわかったが、こいつは頭は悪くないが決定的に語彙が少ない。
必要なこと、要点だけを簡潔に口にするので、ちゃんと聞き手側がレンの主張を汲み取ってやらなければならないのだ。
算数のようだと思う。
式と真っ白なグラフだけ渡されて、そこに線引っ張れと云われているような、そんな感じだ。
普段だったらそんな面倒なやつはお断りだが、レンならば仕方ない。
そうして、考える。
1、明日の午前中は買い物に行く。
2、店を開けるのは午後から。
3、その報告をわざわざおれにする。
ふむ、つまり、こういうことか。
「わかった」
「あ、えっと・・・すみません」
「じゃ、明日朝迎えに来るからな」
「・・・はい?」
きょとんとしたレンに、おれはにっこりと笑ってやった。
レンは口下手である。
レンの言葉を、聞き手は汲み取ってやらなければならない。
しかし、どう汲み取るかは、こちらの自由というか、勝手である。
そして今おれは、レンが云いたかったことを正確に読み取っただろう。
「あの、ですから明日は・・・」
「おう」
「・・・えええー・・・?」
おーおー、混乱してる。
つまり、おれは正しく意味を汲んだ上で、こう解釈したわけだ。
「荷物持ち、してやるよ」
レンが、だから明日は来るなら午後からお願いしますという意味で云ったのはわかっている。
無理矢理でもなんでもいい。
何はともあれ、明日はデートです。
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サッチが必死過ぎる←
20101128
20180402 再掲