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少しの前進
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教会に行った翌日も、相変わらずおれはレンのところへ向かった。
暇なわけじゃない。
一応仕事はあるが、どうせ残り少ない滞在時間を無駄にしたくないと思った。
エースに笑われてマルコに呆れられてもなんだ。
知るか。
おれが行きたいから―――会いたいから、行くんだ。
* * * * *
「サッチさん、見てください!!」
いつもの通り、3回ノックしてから古びた本屋の戸を開ける。
しかし誰もいない。
普段ならばこの時間、すでにレンはカウンターで仕事を始めているはずなのだが。
何故だろうかと首を傾げつつ店の裏手へ続く戸を開けてみれば、案の定、レンはそこにいた。
今日は天気がいいから、また本を日干しでもしているのかと思ったがどうやら違う。
空を見上げたまま固まっていた。
なんだこいつ。
電波でも受信してんのか?
怪訝に思い声をかけてみると、ハッと振り返り、そして先程の台詞である。
が、見てくださいと云われても何を見ればいいのかわからない。
別にレンは手に何か持っているわくでもないし、どこかを指差しているわけでもなかった。
しょうがないので貧相な胸を注視してみた。
「どこ見てるんですか・・・」
「いや、貧相だなぁと思って」
「よ、余計なお世話です! じゃなくて、空です、空!!」
「空ぁ?」
仕方なくレンの貧相な胸から視線を上に移動し、空を見る。
晴れている。
雲はほとんど見当たらないので、これはいわゆる快晴というやつだ。
で?
「綺麗ですよねっ」
「・・・ソウデスネ」
とりあえず同意しておくが、今日のレンは何が云いたいのかよくわからない。
どんな反応をしたらいいかわからず固まっていると、レンが満面の笑みで云った。
「海みたいな色!」
とゆうわけで、午後からは海に行くことになった。
単純?
うるせぇよ。
* * * * *
岩場は足場が不安定だ。
やるだろうとは思ったが、やってくれた。
家を出てからかれこれ5回。
何の回数かと云えば、レンが転んだもしくは転びそうになった回数である。ちなみに30分しか歩いていない。
現在おれたちは、白ひげ海賊団の船、モビー・ディック号へ向かっていた。
朝のレンの台詞もあったし、そういえばこの間、親父やマルコたちがいらない本を処分したいと云っていたのを思い出したのだ。
どうせ捨てるのだから、誰かにくれてやっても構わないだろう。
レンの本屋は特にジャンルにこだわっていることもなかったし、いろんな海を航海して集めた本ならば珍しがってあいつは喜ぶかもしれない。
そんなわけで昼に一旦船に戻ったおれはレンを連れてきてもいいかと許可を取った。
親父は快く承諾してくれた―――女か、と云う問いには、性別は、と答えておいた。
そして、現在に至る。
「あ、あの、このあたり怖いんですが・・・」
「頑張れー。もうちっとだから」
「う、あぅ、頑張っ」
「あっ、おいっ!」
ずるっと見事にレンは滑った。
手を伸ばすと間一髪、腕を掴むことに成功した。
が。
「っ、うぉっ!?」
まさかの事態。
おれまで足が滑った。
咄嗟にレンの腕を引っ張り、抱き込む。
岩場に倒れ込むのは危険だ。
なけなしのバランス能力を駆使し、なんとか身体の方向をコントロール。
この状態で踏みとどまるのは厳しい。下手に踏ん張るよりも、これは倒れてしまったほうが得策だろう。
そして、落ちる。
―――バシャーン!!
・・・海へ。
今日は厄日か。
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ずぶぬれ(笑)
20110410 from Singapore
20180402 再掲