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カウントダウン
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運んできた本を干して、本棚の整理を終わらせるのに丸一週間かかった。
この際だからということで本屋自体の大掃除も兼ねたらしい。
あれだけの量の本を、最初はひとりで整理するつもりだったのだからまったく呆れたもんだと思う。
おれが手伝わなかったら、あと1ヶ月はかかっていただろう。
何せレンだ。
鈍臭くておっちょこちょいなレンがひとりでなんて、土台無理な話に決まっている。
「大分片付いたんじゃねぇ?」
「はいっ! ありがとうございました!」
ピカピカとはいかなくとも、ずいぶんきれいになった本屋を見渡す。
最初来たときは狭苦しく感じた店内は、実は意外と広かったことを知った。
店に置いておく本も厳選して、天井まで詰めていた本棚も少し空きを作ったら閉塞感は解消された。
「これで美人な店員さんがいれば完璧だったな」
「…すみませんね…」
「いや、別にレンが美人じゃねぇとか貧相だとかそんなことは」
「い、嫌み…! しかも増えてる…!」
否定出来ませんけども、としょんぼりしてしまったレンの頭をわしわしとかき混ぜる。
安心しろ。
世間一般の美人には欠片も当てはまらねぇが、おれにとっては誰より美人さんに見えてるんだぜ。
―――なんて、云えたらよかった。
でも、云えるはずがないから。
その言葉を飲み込んで、別の言葉を吐き出す。
「じゃ、もうひと頑張りすっかぁ」
レンの頭から手を離し、むんずと掴んだのはペンキ用のハケだ。
カウンターにある椅子がだいぶ古くなってガタが来ていたので、新しいものを作ってやることにしたのだ。
椅子くらいなら簡単に出来るし、おれはレンに何かしてやりたかった。
ただ手伝うだけじゃなく、何か、形に残る何かを。
プレゼントなんてやるような間柄ではないし、第一何もないのにプレゼントなんて、きっとレンは受け取らないだろう。
だから。
「よろしくお願いしますっ!」
「うむ、サッチさんにドーンと任せなさい」
「…う、胡散臭い…」
「こんにゃろう」
「きゃーっ!? め、眼鏡が…!」
あとは色を付けてニスを塗るだけで完成だった。
胡散臭いなどと抜かしたレンの眼鏡に、ハケで攻撃を仕掛ける。
安心しろ、水性だ。
「そういう問題じゃないですよ! もぅー…」
「いいじゃねぇか、サングラス」
「視界ゼロですよ…」
子どもみたいなことしないでください、と頬を膨らませるレンを口笛を吹いてスルーし、ペタペタと椅子に色を塗る。
こんなくだらないやりとりが楽しいと思えるのだから、おれも相当お手軽だ。
いや、そもそも、何をするでなくとも、レンが一緒にいるだけで。
「…そういや、シスターたちは元気か?」
やめよう。
考えれば暗くなるだけだ。
切り替えをしようと軽く頭を振り、尋ねる。
教会には最初のころ一度だけ行っただけだったし、この話題なら怪しまれないだろう。
思った通り、レンは特に気にした様子もなく口を開いた。
「はい、相変わらずですよ」
「相変わらず美人か」
「…サッチさん…?」
「すまんすまん」
「…別にいいですけど。シスター、男性だし」
「えっ」
「子どもたちも元気いっぱいですよ」
「いや。えっ。何それスルーすっとこじゃなくね? シスター…男?」
「だから、男性なんです。似合うから問題ないですよねぇ。羨ましいなぁ」
「似合うとか似合わないとか…えー…? おれ、ここ一番の衝撃を受けたわー…」
「そのショックを与えるのが何より楽しいそうです。ついでに、多分シスターはサッチさんより年上ですよ」
「度重なる衝撃! しかも多分てなんだよ!?」
「私も正確には知らないんですけど…でも私の物心ついたときにはもう今と変わらない姿でしたからね…」
「…不老か?」
げんなりと云うと、私からは何とも、とレンは遠い目をして云った。
身内の罪は自身の罪だと思うんだが。
そんなことを笑いながら、ニスを塗り始める。
これが塗り終われば、あとは乾かすだけで完成だ。
たったそれだけの作業を、おれはものすごい時間を掛けて終わらせた。
丁寧にやったのもある。
しかし理由は、それだけじゃない。
わかっていたから。
これが、レンと一緒に過ごす最後の時間だと、わかっていたから。
くだらない話をした。
他愛のない話をした。
後悔がないかと問われれば、ないはずがない。
もっと、しなければならない話があったはずだった。
けれど、しなかった。
明日、おれたちはこの島を発つ。
(手を握ったのは、最初だけだった)
(怖くて抱き締めることも出来なかった)
(失うのがこんなに怖いとは思わなかった)
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終わりは、もう目の前に迫っていた。
20111030 from Canada
20180402 再掲