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Epilogue
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声が聞こえた。
五感を失ったはずなのに、確かに聞いたのだ。
真っ赤な血溜まりに沈んだおれの身体は、もう二度と動かない。
それでも耳に届いた声を、きっと人は奇跡と呼ぶのだと思う。
―――サッチさん。
出逢ったのは随分前のことだった。
偶然立ち寄った島で迷子になり、さ迷ったすえにたどり着いた本屋の店員。
第一印象は、もっさりして冴えない女というのが正直なところだった。
長い黒髪はぱっと見鬱陶しくて、前髪の下には野暮ったい分厚いレンズの黒縁眼鏡。化粧はしていないようで、お世辞にもお洒落とは云えない服装。
一言で云えば、地味。
レン。
薄れゆく意識の底で、名前を呼ぶ。
記憶の中のレンが、またおれを呼んだ。
心地よい声だった。
「サッチさん」
ああ、そうだ。
おれは死ぬ。
死んじまう。
これはきっと走馬灯だ。
けれど、それでもかまわない。
死ぬ間際に届いた愛しい声に、おれは漸く満足して意識を手放した。
【世界の終わりに君の声】