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海軍大佐と海賊
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一目見て、好きだと思った。
真っ直ぐに俺を映すその眼が炎のように朱くて、俺は彼女から眼が離せなくなった。
背中に正義の文字を背負った彼女は、淡々と俺に七武海に入らないかと云ってきた。
俺は彼女に興味はあったが七武海なんぞに興味はなくて、申し訳ないが丁重に断らせてもらった代わりに逆に彼女を俺の仲間にならないかと誘ってみた。
勿論本気じゃなかった。
海軍に入ってる人間は、大抵海賊のことが大嫌いだ。
だから軽い冗談のつもりで云ってみただけだったのに、勧誘を口にした次の瞬間、俺の喉元には煌めく刃物が突き付けられていた。
断っておくが、油断はしていなかった。
仮にも相手は海軍、しかも正義の文字を背負うことを許された将校で、いくら七武海に勧誘されたと云っても俺は海賊。
油断出来る材料はひとつもなかったし、むしろ気を張っていたと云ってもいい。
彼女は部下をひとりばかり連れただけで、小さな小船で俺の、スペード海賊団の船にやってきたのだ。
そこから考えられる答えは大きく分けてふたつ。
途方もない馬鹿か、余程の強者か、である。
見ればわかる。
彼女は馬鹿ではない。
となると自動的に後者となるわけで、部下もたったひとりしか連れていないということは腕に相当自信があると考えるべきだ。
正義を掲げたジャケットには腕を通さず肩にかけただけで、ハイネックノースリーブとホットパンツにローヒールのショートブーツという格好の彼女の武器は手に持った長剣だけのようで、部下の男に至っては武器など何も持っていないようにも見えた。勿論部下のほうは典型的な海軍らしい格好だったので、もしかしたら服の下に細々と何かしら仕込んでいたのかもしれないが。
ともかく、俺は注意していた。
彼女が少しでもおかしな真似をしたら、即座に対応するつもりだった。
自惚れではなく、俺は強いのだ。
だから彼女は、俺を勧誘に来たのだ。
なのに、まったく動きを追えなかった。
気付いたら彼女の肩を覆っていたジャケットは部下の手にあり、いつの間にか抜刀しており、切っ先を俺の喉元に突き付けて、たった一言呟いた。
『笑えない冗談、やめてくれない?』
笑えないのはこっちだったが、そこで俺はひとつの間違いに気付いた。
彼女の眼は朱くはなかった。
真っ黒だった。
刀にしては少し長いような気もするそれを俺に突き付け、睨むわけでもなく俺を真っ直ぐに見つめるその眼は、俺の知る色彩の中で最も黒かった。
しかし闇色ではなく、黒曜石のようでもない。
縁に蒼みがかかった黒い眼は、他の何かに例えようがないほど黒かった。
おかしい、絶対に朱いと思ったのに。
どうしてこんなにも黒いのに、朱に、炎の色に見えたんだろう。
そして、今すぐ喉を貫かれてもおかしくない状況で、何故俺はこんなに冷静なんだろう。
ぽつりと、また彼女は呟いた。
『断られたら、その場で殺してもいいって云われてたんだけど』
とんでもないことを云ってくれる。
しかし、物騒な台詞とは裏腹に、彼女は酷く億劫そうに刀を引いて鞘に収めた。
何故。
きっと俺は、彼女がその気になれば抵抗もそこそこに殺されていたに違いないのに。
疑問が顔に出ていたのか、単に台詞の続きだったのかは知らないが、彼女は云った。
『どうしてこんな弱そうな男を七武海にしようと思ったのか、わからないわ。私が殺すまでもない』
そうして彼女は俺に背を向け、部下の手からジャケットを受け取り肩に羽織った。
正義。
鬱陶しいとしか思っていなかったその文字が、初めてきれいな言葉だと思った。
スタスタと歩いてさっさと小船に戻ろうとする彼女の背中を見ながら、ああ、と気付く。
俺は、あの眼が朱ければいいと思ったのだ。
炎の色であればいいと思ったのだ。
俺の炎の、色に染まればいいと。
そう、思ったのだ。
『なぁ!』
思わず声をかけていた。
このまま彼女が去ってしまうのは嫌だと思った。
ぴたり、と彼女は足を止め、肩越しに顔だけ振り返り俺を見た。黒い眼で。
あまりにも彼女の顔がきれいで息を飲んだ。
呼び止めたくせに何も云わない俺を軽く怪訝に見た彼女が、また前を向いてしまいそうになり慌てて云った。
『あんた、名前は?』
ぐっと露骨に眉間にしわが寄る。が、そんな表情すら絵になるから恐ろしい。
『そんなもの知ってどうするの?』
『どうもしねェ』
『・・・・・・・・・』
俺を見る眼が鋭くなる。
何を企んでいるのか、と尋問されている気分だったが、生憎何も企んでいない。
ただ名前が知りたかっただけだ。
『俺はポートガス・D・エース』
『知ってるけど』
『ほら、俺は名乗ったぞ』
『だから?』
『名乗られたら名乗り返すのは礼儀じゃねェの?』
云った瞬間面白いほど歪んだ端正な顔と、同時に放たれた覇気に俺の部下の半数以上が倒れたのは船長として情けないので伏せておくとして、忌々しげに吐き捨てられた彼女の名前は、一生忘れないと思った。
俺を七武海に勧誘に来て、断られたら殺せと命じられていた彼女。
七武海に勧誘され、危うく刀の錆にされる寸前だった俺。
これが、出逢い。
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エース、17歳。
海に出てすぐの話です。
20180402 再掲