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海軍大佐と海賊
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電伝虫の受話器を置いて、にんまりと笑う。
今日もあいつの声が聞けた。
本当は直接会いたいところだが、そこはやっぱりあいつが口を酸っぱくして云うように、あいつは海軍、俺は海賊、という関係上難しい。
今は仕方なくこうやって毎日毎日電伝虫を鳴らして声を聞くだけでよしとしているが、実はそのうち、きっと毎日は無理でも時折会うことくらいは出来るだろうと踏んでいる。
あいつはいつも、自分は海軍で俺は海賊だから、と云う。
だから無理だ、誘うな、断る、と。
けれど、あいつが俺自身を拒絶したことは、一度だってないのだ。
いつだって立場の違いを説いて俺を諦めさせようとするが、それは不毛だから是非諦めて欲しい。
幸いあいつの部下は話がわかるようで、去り際にあいつの電伝虫の番号を教えてくれと云ったら、頭の天辺から足のつま先までじろじろと無表情に見られたあと、一枚の紙を渡された。数字の羅列。遠くから『置いてくよ!』と叫ぶあいつをすぐに追いかけて行ってしまったので確認は出来なかったが、次の日不安と期待、両方を抱いて番号をダイヤルすると、あいつの声が耳に届いた。
鳥が唄うような清らかな声。
俺はあいつの眼に心を奪われたわけだけど、声も好きだと思った。
いつまでも聞いていたいと思う、声だった。
それから毎日、俺は電伝虫を鳴らしている。
今までは面倒だし直接話せないのはまどろっこしいからあんまり使わなかった電伝虫が、思わぬ大活躍だ。今後ともいいお付き合いをしたいと思う。
面白い見世物を見つけたのは本当だし、あいつを誘いたかったのも本当だが、別に俺は本当に見世物を見に行きたかったわけじゃない。
そんなもの、ただの口実だ。
本当は、あいつと一緒に行けるならどこだって、何を見るんだっていい。
あいつと一緒にいられるなら、なんだっていいんだ。
俺たちはまだ出逢って少ししか経っていない。立場の問題もあるし、すぐにお近づきになれるなんて思っていないので、焦りはなかった。ただ、はやくあいつを抱き締めてキスしたい、とは思うけども。
時間はまだある。
口説き落とす自信も、ある。
自分の中にこんな感情があるなんて知らなかった。
俺みたいな人間でも、人を好きになるなんて、思ってもみなかった。
ふと、不安になる。
俺は、誰かを好きになってもいいのだろうか。
この世に疎まれた存在である、俺が、誰かを好きになるのは、もしかしたらとんでもない罪なのではないか。
考え、頭を振った。
知ったことか。
もう遅い。
俺はもう、好きになってしまった。
真っ黒な眼のあいつに、どうしようもないほど心を奪われてしまった。
もう、遅い。
「さぁて」
大きく息を吸い込み、吐き出す。
さて、明日はあいつにどんな話をしようか。そういえば、まだ弟の話をしていなかった気がする。そうだ、明日は弟の話をしよう。大事な大事な、可愛い弟の話を。
そして最後にこう云おう。
「今は、弟よりお前のほうが可愛いと思うけどな!」
きっと目をつり上げて馬鹿じゃないの、と云われるだろうが、あとには諦めたように笑ってくれるに違いない。
たった一度しか逢ったことのないあいつの、見たこともない笑顔を想像して、やっぱりはやく会いに行きたい、と思った。
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頑張る男の子!
20180402 再掲