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海軍准将と海賊
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「やぁ、サン准将殿」
「・・・・・・・・・」
「酷い顔だな」
「余計なお世話です!」
元帥に改めて昇進指令を受け、私は晴れて准将になった。
これで、私の肩にかかる責任はこれまでの何倍も重くなったわけだ。
今までだってずっと頑張って来たが、これからはもっともっと頑張らなければならない。
いくら上層部のお墨付きでも、現場の人間は結果しか見ようとしないのだから。下手なことは出来ないのだ。いや、しないけどね元から。
背中に声を掛けられたのは、元帥の執務室を出て自分の艦に戻る途中だった。
すでに私が昇進したことが知れ渡っているのは知っていたが、こうもあからさまに楽しげに呼ばれると腹が立つ。
私が不機嫌な顔で振り返ると彼――ドレークさんは心底楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑いながら歩いてきた。
「そう怖い顔をするな。すごいじゃないか、その年で准将とは」
「嫌味!」
「褒めてるんだよ」
ベーッと舌を出してやると、ドレークさんは耐えかねたように大笑いを始めた。
ドレークさんはモモンガさんと同じように、私を若輩者だからといって差別したり侮辱したりしない人だった。
仕事の関係で顔を合わせることも多く、何かと私を気にかけてくれるので、いつの間にやらこんな軽口を叩けるくらい仲良くなっていた。
だからこれはいつものじゃれ合いの延長なのだとわかっていても、今回は事が事。少しくらい不機嫌になっても文句を云われる筋合いはないと思う。
「で、本部に来るのか?」
どうやらドレークさんも艦に戻るらしく、自然と並んで歩き始めた。
身長差があるのに、私は別段急がなくとも普通に歩ける。ドレークさんが私に合わせてくれているのだ。
どこぞの誰かと同じだな、と頭の片隅で思いつつ、今の私は海軍将軍。そんなことは片隅と云わず外に追いやって、元帥に告げられたことを思い返した。
「当面は現状のままだそうです」
「というと巡回?」
「ええ。やっぱり、異例らしいですけど」
「だろうな」
そう、これは異例なのだ。
普通将軍は本部か支部に配属される。
なのに、私は巡回船勤務のまま。
元帥曰わく、今は准将を配置しなければならないほど困っている支部はなく、本部に至っても同じなのだそうだ。・・・だったらなんでかのタイミングで私を昇進させたのかと疑問に思ったけど、そこはお上方の考えることなので気にしないことにした。
確かに陸での勤務は部下のこと抜きにしても嫌だったけれど、だからといって実際こうなると複雑な気分になる。
ついでに、頭の固い連中からの嫌味を想像してげんなりした。馬鹿を治す薬ってないんだろうか。今度、Dr.ペガパンクに訊いてみよう。
「ま、誰に何を云われても気にするなよ」
「・・・しませんよ」
もうすでにしまくっとは云いにくい。
目をそらして明後日の方向を見ながら呟くと、ドレークさんは意地悪げに笑った。
「どうだかな」
「しませんったら」
「はは、そういうことにしておこう。ところで」
ぴたり、とドレークさんが足を止めたので、思わず私も足を止める。
丁度辺りには誰もおらず、声も遠くで海兵の喧騒が聞こえるだけだった。
ここだけ他から切り取られたように錯覚する、そんな静けさの場所で少し落ち着かない気がした。
何ですか、と首を傾げることで問うと、ドレークさんはやや斜め上に視線を向けながら口を開いた。なんだか緊張しているようだ。
「昇進祝いに、食事でもどうだ?」
おや、と思う。
ドレークさんて、こういうことをいう人だっただろうか。
ちょっと考えて、しかしまぁきっと私に気を使ってくれているんだろうということで納得した。
確かに、近しい人にはバレバレに気分が落ち気味だったし、もとから彼は人の機微には敏感だった。
本当に私は恵まれている。
身近に、こんなにも気遣ってくれる優しい人がいるのだから。
それにしても、たかだか私を食事に誘うだけで変に緊張するなんておかしなドレークさんだ。食事なんか今まで何回も一緒に行ってるのに。
「なんだ、その」
「はい?」
「折角、同じ階級に並んだわけだしな」
「ははっ、少将昇格まで秒読みの人が何云ってるんですか」
「いやまぁ、それはそうなんだがな」
「でも、そうですねぇ」
云って、ほぼ同時に足を動かす。後ろからがやがやと大人数の気配がしたのだ。
ドレークさんは私と違って結構色んな物を食べに行っているから、いいお店も知っているんだろう。
たまには、こういう好意に甘えるのもいいかもしれない。
「ふふ、じゃあ今度誘ってください」
「・・・今度」
「今日は、ちょっと部下たちに報告しないと。反乱が起きますから」
「は?」
「冗談ですけど」
「・・・じゃあ、次本部に顔を出すときは連絡してくれ」
「はい。楽しみにしてますね」
思いっきり高いのでお願いします、と笑うと、ドレークさんは一瞬固まった後満足そうに任せておけと胸を張った。なんだかやたらと嬉しそうなのは気のせいだろうか。ドレークさんは、たまに不思議な反応をするので面白い。
それから艦に付くまでくだらない話や少しの仕事の話をして、先に私の艦に到着した。
艦と桟橋を繋ぐ連絡橋には、相変わらず何を考えているかわからない部下がきっちりと立っていた。
「おかえりなさい、准将」
「・・・話が早くて助かるわ。ついでにブラン、あんたも准尉に昇格おめでとう」
「恐れ入ります。ドレーク准将もお疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。相変わらずだな、お前たちは」
私とブランのやり取りを見ていたドレークさんは、苦笑しながら軽く手を上げてくれた。他人の部下にもこうして気安く挨拶をしてくれるからドレークさんはいい人だと思う。
ブランもドレークさんに頭を下げ、挨拶を返していた。
「で、みんなは?」
「食堂で准将を迎える準備をしてます」
「あ、そう・・・仕事しろよ・・・」
「もうそろそろ準備は終わる予定ですが」
「だから仕事がはやすぎるわ!ったく・・・」
「というわけでドレーク准将、申し訳ありませんが」
「ああ、わかっている。では、おれも戻るとするよ」
云ってドレークさんは自分の艦へと足を向けた。
手を振って見送ろうとして、ハッとする。
「ドレークさん!」
慌てて呼び止めれば、ドレークさんはちゃんと足を止めて振り返ってくれた。
忘れてた。
私は踵をぴたりと合わせ、背筋を伸ばし、掌を内側に向けた敬礼をする。
ドレークさんは驚いたように目を丸くして私を見ていた。
少し真面目な顔を作ってから、私は一気に笑った。
「ありがとうございました!」
そりゃあ、顔見知りなんだから会えば挨拶くらい交わすだろう。
でも今回は事が事だ。
きっとドレークさんは、私にすごく気を使ってくれていたのだと思う。
私が今、複雑な気分でいることをドレークさんは気付いていた。
嬉しいと、素直に思う。
ドレークさんは、とても優しい。
私みたいな若造に目をかけてくれる、優しい人だ。
それが例え、先輩としての義務なのだとしても、私は嬉しかった。
だから。
海軍として、敬意を払う。
「・・・気にするな、サン」
「じゃ、次回楽しみにしてますから!」
「ああ、まかせておけ」
「はい!」
そうして今度こそ、ドレークさんは自分の艦に戻り、私もブランも、部下たちが今か今かと待ちわびているであろう食堂に向かうことにした。
ブランが口を開いたのは、食堂に続く廊下を歩いているときだった。
「ドレーク准将と何かお約束が?」
相変わらず唐突なやつである。
一瞬何を云っているのか、と思ったが、ドレークさんと別れたときのことを云っているのだと気付いて納得した。
「次に本部に行くことがあったら食事でもって」
「食事だけですか?」
「は? うん、そうだけど」
質問の意図が分からず、何で、と訊けば、いえ別に、と微妙な答えが返ってきた。
怪訝に思ってブランを見つめても、鉄仮面な表情からは何も読み取れない。
「食事くらいなら問題はないかと思いますが」
「は?」
「火拳には云わない方がいいと思います」
「・・・・・・・・・」
真顔で云うから、何て返せばいいかわからなかったじゃないか。
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食堂に入った瞬間ビールのシャワーと海を割るような歓声に出迎えられて部下たちにもみくちゃにされるわけです
ドレークさん、頑張れ\(^o^)/www←
あ、そういえば、まだこの時点ではドレークさんは准将ってことになってますのでなんとなく覚えておいて頂ければと思います(笑)特に深い意味はないけど←
20110217 from Singapore
20180402 再掲