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花に華を<冬の光>rei
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正直、忙しいと思う。
立ち止まれないのはわかっていた。
でも東京では日曜日の夜にはときどき、
沙良に会える。
新人公演が終わるまでの数年は
それすらほとんどできなかった。
沙良は
絵を描くならここ、という大学に入り
ずっと絵を描いてきた。
海外に行くという選択肢もあったのに、
選ばなかった。
もう海外は何年も住んだし…と笑う。
そして大学院の後半から
インターンを初め、
先月正式に就いた仕事はデザイナー。
まったく、カッコいい。
沙良の職場から日比谷は近いのに
最近はあまり公演に来てくれない。
うんと前に座ってよ、
ウインクするから!と言うと
「近すぎるとよく見えないし。緊張する……、
それにわたしが前の席は
申し訳ない感じがして」なんて言う。
なんで奥ゆかしい。
でも沙良らしい。
「はーい!異様に急いでるひとがいまぁす!」
「…!みなみー。声、大きい」
同期の声で我に返った。
終演後の更衣室、
あしたは休演日。
みんないつもより少し余裕がある。
すこし遠くで、「くすっ」と
目だけで笑うさゆみさんが見えた。
ほんわりと、鋭いことを言う美しいひと。
この公演では「人ではない者」を
演じているわけだけど
ほんと、この上ない配役だと思う。
「れい、きょうは、
すっごく急いでるんだもんねぇ」
「さゆみさんまで…」
いそいでいるのには勿論、理由がある。
やっと、この公演を観に来てくれて
珍しく前席に座っていた沙良が
泣いているように見えたから。
心配でシャワーから着替えまで
高速で済ませた。
みんな何事かと窺っている。
上級生のタソさんが
「ただごとじゃないねえ」と笑った。
「れい、これ片づけといてあげる。行きなよ!」
ほんとにカッコイイ男気のある先輩だ。
「すみません、この借りは必ず……」
「水くさいこと言わないの」
優しい言葉に甘え
髪を乾かすのもそこそこに、楽屋口を出ると
年を追うごとに長くなる会の列が待っている。
素直に嬉しい。そして重い。
そしてありがたい。
この道を行く限り、受け止める宿命の厚意と、愛。
だけど今夜は
早足で行かせてください。
帝国の前で車を断り
手配してあったタクシーに素早く乗る。
東京駅近くの夜景はいつみてもキレイだと思う。
沙良と、
ホテルで待ち合わせするしかなくなって
どれくらい経つだろう?
下級生のころは平気で
ナポリタンが美味しい店に行ったり、
スペイン料理の店で待ち合わせしたりできたのに。
そうだ、ルームサービスで
沙良の好きな苺を頼もう。
それから会えなかったぶんの話を聞こう。
ほんとに
ほんとに
久しぶりに会える。
明日の朝も時間はたくさんある。
沙良と
寝坊をしよう。
時々、ツインは埋まっちゃってたから、と
嘘をつくけれど
沙良は、どっちでもいいよーと
笑うだけだ。
幾度となくハグしても
柔らかい頬に触れても。
気付いているのか、いないのか。
たぶん、気付いていないんだろうな……。
幾つになっても
そっち方面は異様にのんびりしてるからな。
それにしても
沙良のことで
頭が一杯で笑える。
あ、
ここでいいです、と
みちの反対側でタクシーを停めた。
タクシーから降りると、吐く息は白い。
もうすぐ、あえる。
集中して集中して、ふと力を抜くと
沙良をこんなにも必要だと気付く。
沙良、
あいたい。