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花に華を<光の夜1>rei
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交差点の向こうに
ホテルの入り口へ向かう沙良が見えた。
まったく。
自分でも時々笑ってしまう。
遠目でも沙良のことならすぐ探せる。
よっぽどだな…と思う。
いつもは沙良が
待ち合わせの部屋で待っているのだけど
今日は急いで走って、
タクシーも飛ばしてもらって
沙良が部屋に入る前に追いついてしまった。
信号が青になる数十秒さえ
待ちきれない。長く感じる。
沙良、もう、泣いてないといいけれど。
ホテルのエントランス前の逆光で
少し高めのヒールを履いた影の立ち姿をみると
沙良、大人っぽくなったんだな、と思う。
もっと綺麗になった。
もともと整った顔立ちの姉妹だった。
亡くなった紗也だって、
入団していたらさぞ綺麗な娘役だっただろう。
あした一緒に、
似合う色の口紅を買いに行こうかな。
でも…あんまり可愛くなっても
変な虫が寄ってくるからな…。
そんなことを考えていたら
本当に油断も隙も無い。
男が沙良の前に立ちふさがって
話しかけている。
信号が青になる。
足早に近付いて行くと
断片的にふたりの声が聞こえた。
「…え、もしよかったら俺の車で…」
「いえ…」
「…ひさしぶりだし、遠慮しないで…」
スーツ姿のその男は沙良の肩に手をかけた。
その手をよけるように、
沙良は後ろに一歩さがった。
沙良、やっと、届いた。
「きゃ…っ」
後ろから沙良の肩を引き寄せた。
勝手に、触らないでくれるかな、と思う。
「あ…れいちゃん!!!」
見上げる沙良の目が
すこし赤くなっていて
それはたぶん今日舞台を見ながら泣いた跡。
「沙良に何か?」
なぜか自分の声が…
舞台並みに低くなってる。
男は少し動揺した様子だったけどすぐ立て直した。
背、は同じくらい。年、も同じくらい。たぶん。
「美大の親しい後輩が、心配な顔していたので
声をかけたんですよ。あなたこそ…?」
いぶかしげな眼でこちらを見る。
まあ、怪しいまれるのも仕方がないか。
夜のサングラスなんて普通じゃないし、
金髪は帽子からはみだしてるし。
ああ、せめてもっと
地味なシャツにしておけばよかった。
相手はすぐそれと判る、イタリアの上等なスーツ。
でもここは、一歩も引けないところ。
「こっちは中学からの付き合いです。
待ち合わせしてました。
ご心配には及びません」
男はわたしから視線を外し、
沙良をじっと見る。
「沙良ちゃん、じゃあ僕は行くけど…
何かあったら携帯いつでも繋がるからね」
沙良は、何も答えず、
そっとこちらに寄り添ってきた。
その手を引いて、
さっさとエントランスを入る。
久しぶりに触れる手はやっぱり小さい。
何かあったら、ってなんだよ…。
きちんと磨かれたジョンロブの靴だった。
いままで自分はどこか余裕があった。
いくら沙良のまわりに男がいても
所詮学生、と思ってた。
でも段々、そうじゃないんだな。
さらに、携帯いつでも繋がるって…。
「れいちゃん?」
「沙良、はやく行こう」
苛立っている。でも。何に?
沙良は何も悪くない。
沙良が泣くかもしれない舞台に呼んだのは
ほかでもない自分だ。
「家族が消えてしまう」って…
公演が決まったとき、原作を読んで
今回は沙良を呼べないだろう、と思った。
でも準備を、稽古を、日々を重ねていくうちに
それでも観てほしくなった。
ぜんぶ捧げて作ったものを。
いまこんなに矛盾して
冷静じゃない自分の心のうちが
沙良に見えないといいのだけど。
そう、いちばんしたいことは
べつに後悔とかじゃなくて。
悲しい気持ちを思い出したなら
忘れさせたいだけなのに。
今夜は何かに焦っている。