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花に華を<水無月の光4>rei
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沙良が、ベッドから起き上がって
そっと床に足をおいた。
いまが明け方、5時ごろ、というのは
明るさでわかる。
これ以上ないほどしずかに、
ゆっくり、そっと
沙良が立ち上がる。
わたしを起こしたくないんだ。
薄目で見守る。
そんなに息をつめなくてもいいのに。
ねぇ沙良、
ここは預けられてるお家とかじゃなくて
恋人の部屋でしょ。
すきにしていいんだよ?
そう言わなきゃ。
沙良の肩が大きく上下してる。
力なく鞄の前でしゃがみ
鞄をそっとあけて
スプレーを吸入するうしろ姿。
そのまま背をまるめて
床に膝をついて、それから手のひらもついて
小さくうずくまった沙良を見たら
…怖い。
10年以上前の紗也の声が聞こえる。
(ほんとに、しんじゃうかと、おもったの、あのこ)
どうしようどうしよう。
沙良までいなくなったら?
ぎゅっと閉じた目を開けると
沙良がベッドの横までもどってきて
しゃがんで、わたしを覗きこんでいた。
「れ……ちゃ…?……ど、したの?」
ひゅうっ、と息をする音が響く。
くちびるがしろい。
これ、ちゃんと息吸えてない。
苦しいのは沙良なのに
ぼろぼろに泣いてるのはわたし。
こんなの情けなくて死にそうだ。
いましっかりしなくて
いつしっかりするんだ
しっかりしろ自分。
「…どーもしない。なんか、嫌な夢見たわ…。
沙良、説明とかいいから。
横になる?それとも、しゃがんでるほうが楽?」
「……こ、……っちのほ」
それだけ答えるのに数秒かかる。
これ…もうすこし待って薬が効かなかったら、
救急だな。
「うん」
タオルケットを
沙良にそっとかけ、
自分はおなじ顔の位置で横になる。
沙良は一瞬わたしと目をあわせ
そのまま目を閉じる。
目尻から涙がこぼれる。
だめだ苦しそうだ。
こんなに苦しいなんて。沙良。
発作のひどいのを間近に見るのは初めてで
紗也が「こわい」と言った意味がいまわかる。
なにかしてあげたいのに
なにもできないのは怖い。
これ今日だけじゃないよね?
たぶん毎朝ひとりで目を覚ましてこうしてた。
沙良のことならなんでもわかる。
ベッドの縁に添えられた
沙良の小さな指先をそっと撫でる。
冷たい。
そのまま何分かをやりすごす。
「れ……ちゃ…、ごめ…ね。も…、へいき」
はぁっと息をついて
ゆらり、と沙良が立ち上がろうとしたので
両手で支えて、ベッドにのせる。
ホコリとか、よくないはず。
しずかに、しずかに。
ベッドに寝かせると
そのまま力尽きたように
沙良は眠る。
よかった、
いま息がちゃんとできてる。
こうしてみると、やっぱり…痩せた。
冷たい手と白い顔。
……だめだ。
どんどん悪い想像をしそう。
自分にストップをかける。
それはいまのわたしたちに役に立たない。
沙良を見ると
うん。よかった、眠れてる。
いまは寝た方がいい、わたしも。
いつでも適切に動けるように。