-
花に華を<日雷の光2>rei
-
「お姉さんですよね?」
…え?
「はい」
「スズキって言います。
今日、取引先との打ち上げ…、だったんですけど
…沙良さんスモークエリアに呼ばれたら
調子悪くなったみたいで」
「は?」
喫煙所?
…ダメに決まってる。
「沙良は?いまは?」
どくん、と自分の心臓の音がしてる。
「なんかちょっと……や、かなり苦しそうで
いまタクシーで自宅に送ってます。
しゃべれないっぽいんで、勝手に出てすみません」
「……沙良の耳にあててもらえます?」
スピーカーとかじゃなくて。
「あ、ハイ…」
……。
「沙良?れいだけど。わかる?」
無音。
でも気配がある。聞いてる。
「沙良、だいじょうぶだからね」
「れ…」
「無理して話さないで、薬、したでしょ?」
いつも効くまでに少しかかる。
長いときは…10分ちかく。
「…ん…。れ、ちゃん…」
そしてまた男がでる。
スズキ…て、誰だよ、ほんとに。
「いまどちらですか」
「あ。ハイ、いま環八です。
たぶん10分くらいで着きます。
救急呼ぼうとしたら本人が…いいと言ったので…」
沙良はわかってる。
たぶん、だいじょうぶだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
くれぐれもね。
そして電話を切る。
焦って手が滑る。
ヤな感じだ。落ち着かなきゃ。
沙良はちゃんとわかってる。
だからだいじょうぶ。
信じないとどうしようもない。
でもどうしても…嫌だ。
いま一緒にいるのが自分じゃないことが。
…介抱のためだったとしても
知らない男が沙良を支えたり
背中をさすったり
手に触れたり
部屋に入ったり?
………耐えられない。
わたしがここで、
自分の部屋を意味なく歩き回っても
なんにもならないんだけど。
時計をみると、まだ23時。
何時間も待った気がするのに。
あ
着信…。
「沙良!」
「れ、ちゃん。………ついた」
「いき、できる?」
「ん、だいぶ」
「お、送ってくれた人は?」
「帰っ、た」
どうしたらいいんだろう。
「沙良?」
「う…ん」
本音が出るよ。
「…たまには、わたしの気持ちも考えて…?
し、死ぬほどしんぱい…し」
長い沈黙。
沙良は
賢くて強い。
だからここで、謝ったりしない。
それは、知ってる。
「れ、いちゃん」
「うん」
「あいしてる」
「………」
「紗也のぶんも、あいしてる」
「沙良」
「男役のお仕事をしてるれいちゃんも
いつか、大きい羽根を背負うれいちゃんも
ずっといっしょにいてくれた
…姉妹みたいなれいちゃんも」
「ん…」
「ぜんぶずっとすき」
「…ありがと…」
「れいちゃんは光なの」
「ん」
「わたしの病気は」
「ん」
「両親も、紗也も怯えさせた。
家に死にそうなヒトが居ることに
耐えられないひとも、いるの。例え家族でも。
それは優しくないからじゃない。
愛が無いわけでもない。
わたしは愛されてた。でも…、避けられてた。
紗也の発表会で発作を起こすようなことは…」
「もういいよ、沙良?」
こんな話をする沙良は初めてで
薄々知っていたけど
でも辛い。
一緒にいるときに聞きたい。
いまなにもしてあげられない。
「…れ………いちゃん、だから」
「わかった、から、沙良」
胸がいたい。
悲しいのは沙良なのに、
泣いてるのはわたし。
最近、こんなんばっかだな。
「側にいってもいい?」
…え…
「…沙良、いいの?来てくれるの?」
「うん」
涙声が恥ずかしい。
「っ…ほ、ほんとに?」
「うん」
ぐすっ、
「か、会社は?」
「だいじょうぶなの、こんど説明するね」
「あ!沙良、ごめ、もしかして玄関?
1回切る、ちゃんとベッドまで行って!すぐ!」
「はい、れいちゃん」
静かに電話が切れる。
…力が抜けて、床に座り込む。
見上げると、
時計の針はまだ、23時をすこしすぎたところ。
部屋から1歩も出ずに
すごい1時間…だったな…。
ベッドに入ってタオルケットをかぶって
祈るしかないから祈ってみる。
沙良が今晩、よく眠れますように。