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花に華を<明けの光2>you
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昨夜、
喧嘩じゃないけど……
わたしが泣いたられいちゃんも泣いた。
いい大人なのに
時々中学生みたいなわたしたち。
すこし反省する。
朝起きて、北海道の地震のニュースに
二人でびっくりして。
…でも、ふたりとも
なにも言わなかった。
れいちゃんはキリッ、ってしてた。
知ってる。こんな顔の日は
大事な日。
詳しく聞くことはないけれど。
……わたしも東京にいるからには
デザイン会議に出なきゃいけない。
「れいちゃん、今日は戦いの日なの?」
れいちゃんはにっこりして
「うん?…そうだよ、」って言いながら
おまじないのように、
喉や首を撫でてくれる。
「しっかり戦って、帰ってくるから」
「うん、」
ふたりで身支度して
ふたりで同じ時間に家を出た。
「いってらっしゃい、沙良」
「いってらっしゃい、れいちゃん」
「あ、れいちゃん……わたし残業だったらごめんね」
無理しないで、と
おでこにキスをもらった。
背が高いっていいなぁ。
わたしもあんな風にしてあげたい。
でも、届かない。
夜になるのははやい。
東京は忙しい。
自分の仕事以外に手伝うことがとても多い。
れいちゃん……
今日ははやく眠る日だろうから
はやく帰りたかったけど、
ちょっと出遅れて
…20時に家に着いた。
灯りがついてる。
れいちゃん、だ。
誰かが待ってる東京のこの家に帰ることなんて
「もう、ない」と思っていたから
うれしい。それから
…ちょっとこわい…。
インターフォンのボタンを押してみる。
「た、だいま…沙良です」
ドキドキする。どうしよう、
紗也がいるときみたい。
「お!おかえり、開けるねっ」
れいちゃんの、いつもの声。
門があいて、
玄関に向かいながら、つい小走りになる。
はやく、はやく。消えちゃうかもしれない。
〝遅くなったら消える〟
そんなはずはないのだけど。
あ。でも夢だったら覚める。
ドアを開けると
「おつかれさま沙良!」
にっこり、れいちゃんがいた。
「……れ、いちゃん、…た…だいま、っ」
ぜーぜー、はぁはぁ変な音がしてる。
息がきれてて情けない。
「おかえり沙良、慌てないでいいってば」
笑ってくれる
れいちゃんはやさしい。
着替えて、食卓で、おうどんをすする。
先にごはんを済ませていたれいちゃんは
にこにこしながら見てる。
「沙良?お土産あるんだけど」
「……なあに?」
渡された
すみれ色のビニールの袋には…
オペラグラスが入っていた。
「今日劇場のね、お店で買ったんだよ」
まるみがあって、かわいいデザイン。
「それから、これ」
チケットの入った封筒。
いままでになかった後ろの席。
「すぐ横、出口だから、
調子悪いときはすぐでられるよ」
「……」
「沙良?」
れいちゃんが心配そうな顔になる。
だめだめ、
ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「ありがとう、うれしくて、びっくりして」
「うん」
「おかえりなさい、とかオペラグラスとか
れいちゃんの舞台とか……ぜんぶ嬉しくて、」
「うん」
「えっと、全部ありがとう、れいちゃん」
「どういたしまして沙良」
「ところで、また悲しいお話なの?」
「うん。沙良のほうが詳しいかも」
「え?」
「長崎の踏み絵、隠れキリシタン」
「………………」
「あっ、しょ、ショウは超たのしい!
明るいから!悲しくないから!ほんとに!」
ふたりで顔を見合せて笑う。
テレビでは繰り返し
地震のニュースが流れてる。
いまこうして居られることは
もちろん、当たり前じゃない。
よくよく、知ってる。
「れいちゃん、」
「うん」
「いっしょにねよ?」
「…………!!!!!う、ん……!」
「?」
「そのまえに、一緒にお風呂…とか…」
「うん、シャンプーしてあげるー」
「ほんとっ?!やった!支度してくる~」
カッコイイわたしの恋人は
時々ずるいくらいキュートで……
困ってしまう。
ほらもう
バスルームからお湯の音と、それから
なぜか昔の夏の曲、
鼻歌が聞こえてくる。
なんだっけ…?懐かしい。
ちっちゃいとき行った
すごく大きいプールで流れてたような気がする。
浮き輪の匂いも思い出しそう。
廊下に顔を出して
行儀が悪いけど、大きい声で聞いてみる。
「れいちゃん、なんのお歌だっけ?」
「ん、TUBEだよ、知ってる?
ね、…おいで沙良お風呂」
あ。
れいちゃんが
かわいいから、カッコイイ声になってる…。
「うん!」
わたしの足はすこしも迷わず
愛しい人が待つバスルームに向かう。