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花に華を《 lumière naturelle 》rei
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インターホンが鳴って
カメラを見ると
……マンションの入り口じゃなくて
玄関前のランプが光ってる。
「…はい」
男性が名乗る。
「あの、下の階の者ですが
さっき、エレベーターで…」
なるほど。
同じマンションの人、か。
そのとき、画面の端に
ちらっ、と頭が見えた。
え。
沙良?
走って玄関に向かう。
ドアをあけると
……沙良が抱き抱えられていた。
「救急車呼ぼうと思ったんですが…」
「何、が」
沙良の様子がおかしい。
たぶんこれ過呼吸…だ。
相当ひどい喘息の発作のときにも
どこか少し冷静な沙良が
いまはパニックになってる。
たぶんなんにも…見えてない。
苦しいから吸いすぎて
もっと苦しくなる悪循環。
溺れるときにもがいてしまうのに似てる。
だれだって……
吸えば吸うほど苦しくなるなら
パニックになる。
沙良、
どうしてこんな?
沙良を抱き抱えて受け取って
口許を手のひらで軽く覆う。
耳元でできるだけ静かに言う。
「おかえり。だいじょうぶだよ。
心配しないで。
吸いすぎだよ、沙良?
大丈夫。安心して、
すこし、吸うの、減らそう?ね?」
男は焦った様子でまくしたてるように
事情の説明を続ける。
「エレベーターに僕が後から乗ったんです。
ドアがしまったら急に、その…
具合が悪いのかと、介抱しようとしたら
あっというまに苦しそうになって
あ!でもあのっ。でも
決して、変なことしたとかじゃ……、
ないんです!」
とりあえず、信じる以外ない。
「ありがとうございます。
ちょっと体調が悪くて……
ご心配なさらないでください」
ほっとした様子で彼は
謝りながらそそくさと出ていった。
沙良の震えが
止まらない。
息も…、
このままじゃ意識なくなっちゃう。
「沙良、ちょっとごめん。
吸いすぎてるからね、減らそうね」
唇を重ねる。
触れるキス。
とても不思議だけど
沙良の唇から
いろいろ伝わってくる。
そっか、
このまえの思い出して
怖くなったんだね。
そりゃ怖いよね。
次は下まで迎えにいくよ。
ごめんなさい、れいちゃん。
なに言ってるの、
どんなときも
大好きだよ。
れいちゃん、紗也はどこ?
……ここにはいないけど
心配要らないよ。
ちゃんと見ててくれてる。
うん。
あ。
目が合う。
よかった。
もう大丈夫。
「……過呼吸だから心配しないで。
このまま静かにしてればいいから」
汗びっしょりの
沙良が、ぎゅっと自分から
しがみついてくる。
ぎゅう、だ。
……こんなの初めてで、
……ほんとなんか自分、最低だけど
どうしよう。
嬉しい。
「れいちゃん」
「う、ん?」
「ありがとう、
死んじゃうかとおもった。
こわかった……」
とりあえず抱き締める。
「死なせないし」
おかえり。
帰ってきてくれてよかった。
「あのね、沙良
無理して平気な顔しなくていいんだよ」
「…うん…でも…」
「?」
「れいちゃんも、ね」
…………お見通し、か。
「じゃあ言っていい?」
こくり。
「そばにいて。
会えないこともたくさんあると思うけど
必ず帰るから」
自分でも
ひどく難しいことを言ってるの
わかってる。
沙良が澄んだ目できれいに笑う。
お願い。頷いて。