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花に華を《 sketch06-26》
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今晩は沙良に会える。
寝る前の30分、
ちょっとでも側にいられるのは
…嬉しい。
今週は、
赤坂に来てくれるって言ってたし
……頑張れる……!
カメラの横のボタンを押す。
……出ない?
遅いから寝ちゃったかな。
合鍵で開けた門ををくぐり
ミントと紫陽花がやたら元気な前庭を見ながら
玄関のドアに触れると、
開いてる。
「…入るよ…沙良……?」
……居た。
廊下の途中で
沙良が小さくなって座ってる。
「……」
目があう。でも喋れないんだ、ね。
……喘息の発作のとき
沙良はひとりでこうして
静まるのを待ってるんだ。
ぜんぶ治まって、動けるまで。
どうしようもなく、
胸が重くて痛くなる。
この前往診の医者にいわれた。
〈いまだに年間2000人は喘息で亡くなるんです〉
抱き上げてベッドに運ぶ。…軽すぎて
いつものことだけど…怖い。
「薬はここ。
スプレーも置くからね。
カウンター、赤になってるよ。
回数勝手に増やしてないよね?
……シャワー浴びてくるね?」
目だけで頷く沙良。
沙良は…
6月に弱い。
この天気のせいだ。
毎年痩せてしまう。
でも1階のテーブルにMacが出てた。
……仕事してたな……。
シャワーを浴びて寝室に戻ってくると
沙良が目を開ける。
そっとそっと、
ベッドの横に腰かける。
髪を撫でる。
「沙良、あいたかった…」
…うん。
声は無いけど、
でも返事をしてくれる。
「眠れそう?」
…うん。
「今日急に具合悪くなった?」
…うん。
「あしたね、食事と往診頼んでおくから。
家で仕事しちゃダメだよ。
ゆっくりしてないとダメだよ」
う、ん。
沙良が目を伏せる。
こんな状態だと、
舞台見に来るどころか
電車にも乗れない。
悲しくならないで欲しい。
あ、そうだ、
今日はコレがあった……。
カバンの中から取り出す。
「お土産、だよ」
あ。目がまるくなった。
横浜アリーナの
ブレスレットライト。
「つけてみる?」
そっと細い手首に回して、
バンドと腕の隙間に指を入れる。
「ボタンを押すとね、ほら」
ピンクの光に照らされた
沙良の目が笑った。
「きのうはね、ちなつさんが来たんだよ。
そしてなんと!今日はわたしも出たんだよ」
沙良の目はライトから離れない。
たぶんこれ、
紗也の写真の前に
供えちゃうんだろうな。
もっとたくさん持って帰ればよかった。
沙良は目を閉じる。
おやすみ、沙良。
ちゃんと眠れますように。
……神様どうかどうか
はやく夏が来て
天気が変わりますように。
そして紗也と沙良に、
いい報告をしたい。