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ふたひら
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今日は
面白い名前の薔薇を買って
……キレイな人に会った。
湯船に浸かりながら
思い出す。
背中まである黒い髪を
ゆるくひとつにまとめて
水色のセーターに、黒のエプロン
すごく…、静かに話す人だったなぁ。
お花屋さんの手が荒れているのは知ってる。
なんていっても、
いま舞台で演じているのは『お花屋さん』だし。
でも
袖口から見えた
あの痣は……?
……きになる。
大きなお世話だけどきになる。
「るるるるん、るるるん」
着信。あやちゃんから。
お風呂でも出られる携帯、べんりだなぁ。
「はーい」
「さゆみちゃ……?あれ、もしかしてお風呂?」
「すごいっ、もしかしてどっかから見てるの?」
「……ほんと、そうならいいんだけどねぇ」
そう言って溜息をつくあやちゃん、
…セクシーでクールで
そして可愛いわたしの大事なひと。
「さゆみちゃん湯冷めしないようにね?」
「うん♪」
「『お花やさん』終わったらデートしようね」
「うんっ!」
お花やさん…、
さっき会ったひとを一瞬思い出す。
「あ、今日ねぇ、薔薇を買ったの」
「次はわたしに買わせて?」
(もぉ…ほんと優しくて困る)
「おはなの名前がおもしろくてねー」
「なになに?」
「りおサンバ!」
「わー」
あやちゃんもくすくす笑う。
あとで写真送ろう。
そしておやすみを言って電話を切る。
入浴剤は柔らかい薔薇の香りで
あたたかくてうっとりする。
好きな舞台、大好きな恋人、あたたかいお風呂。
しあわせ。
………
あのひとの名前は、なんていうんだろう?
玄関にも明るい色のお花があったら
もっといいな。
1輪だけ花を買っただけの
お客さんのひとり、なんて
あのひとは覚えてない、と思うけど…。
…あしたも帰りに寄ろう。