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みひら
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気になって仕方がないのはなぜ?
ぴかぴかのビルばかり並ぶ東京の一角。
ガラス張りの美しくて小さな花屋。
今日は夜公演はないので
明るいうちに通りかかる。
眩しいくらいの鮮やかな花、
優しく咲く淡い色の花、
そして溢れる緑のなかに
居た。
今日はちいさなパールのピアスをしてる。
見慣れてる娘役さんたちのファッションとは
ぜんぜん違う、シンプルで削いだ服装。
このひとに、とても似合う。
ガラス越しに手を振ると、
にっこり笑ってくれた。
おぼえてて、くれた……?
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、リオサンバのお客様」
!おぼえててくれた!
そのままの勢いで、
暖かいチャイラテの入った
スタバの紙袋を渡す。
……
彼女は驚いた顔でこちらを見つめる。
「あ、知らない人から食べ物とか飲み物とか
もらっちゃいけないって言われてます?」
ちょっとからかって聞いてみる。
彼女は溶けるように笑う。
「言われたけど……
あなたは知らないひとじゃない」
まるで美味しい食パンを焼いて
その上に溶けていくバターみたいな笑顔。
ふわっとして、いいにおいの。
「昨日の晩、リオサンバを買ってくれたから」
「そして、今日はアルヌワブランを買います」
それはまぁるい、ちょっとめずらしい薔薇。
「薔薇に……詳しいの?」
「薔薇の資料を読んだことがあって、
詳しくないけど幾つか覚えました」
「わたしも、これ、とても好き」
選んだ1輪を渡すとき、
指の先が触れた。
どうしてかわからない、でも
そのまま引き寄せたくなる。
女性がどんな細さかは、
抱いたときにはっきりわかるもの。
(……って、わたしなに考えてるんだろう…)
でも、
いま、
この人のことがとても気になる。
「何時に終わるんですか」
「閉店は21時、どうして?」
「今晩、誘いたいなぁ、と思って。お茶、とか」
「誘う?」
「はい」
……彼女は真剣に考えている。
これはいったい、
どういうことなんだろう?って。
「魅力的なお誘いだけど…時間が…」
「21時、仕事が終わる時間なのに?」
「…夫に怒られる」
「ちゃんと送ります」
そう言うと、彼女はまた目を丸くして
くすっ、と笑った。
「そんな…送るなんて」
冗談にとられた、…っぽい。
もう人生で大半の時間は「男役」として生きてて
単純にオンナノコだったのは
結構、昔のことで…。
なんて、このひとに言う必要はない。
だって…
わたしのこと、全然知らないみたい。
うん。
歌劇団とか、
見たことない人沢山いるよね。勿論。
わたしを知らないひとは
わたしをどう見るんだろう。
「ミュージカルとか見ますか」
「え?」
「お芝居とか…」
「チェコから、休暇で
ウィーンまで行ったときは必ず観てたわ」
「日本では?」
「うーん……行ったこと、ない、かも。
あ。バレエは数回……」
ほら居た。ここに。
「お芝居、お好きなの?」
その質問にはっとする。
唐突に澄んだ瞳で聞かれる。
そんなことわたしに聞くひとは
いま誰もいない。
小さく深呼吸して。こたえる。
誠実に、2文字。
「はい」
その答えを聞いた彼女は
もう、じゅうぶん知り合いね、と笑って
こっそりレジ裏に隠れた。
チャイラテに口をつけて
「……おいしい……」
ああ、この笑顔。
「また、夜、来ます」
「え……?」
断られないうちに、店を後にする。
まず、いちど帰って
アヌルワブランを玄関に飾ろう。