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かぜにのって
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どこからか、
シナモンやクローブの香りがする。
「vin chaud…」
朔がぽつりと言う。
あれが好きなの、かな。
いま、ふたりで、こんなに寒いのに
テラス席に座ってる。
でもストーブもあるし
膝掛けも借りて、なかなか快適。
ヴァン、ショウ……
ワイン、熱い、か。
「いい香りだね、朔。あれにしようか♪」
「ホットワインよ?」
「しってる」
「お茶にする、って言ってたのに、サユミ」
「魅力的な香りに負けたの」
「わたしも負けそう……」
ふたりで目を見合わせて笑う。
どうしてこんなに
安らぐんだろう。
明日は午後の1回公演。
今夜ほんのすこしあたたまっても、問題ない。
たのしい、な。
オーダーするために
目を合わせたウェイトレスさんが
はっとして、一瞬止まって、
それから急ぎ足で来てくれる。
あ。これ。ダメなパターン…かも。
お願い、いまは
「花組の、明日海さんですよね?」とか
言わないで……ください……。
祈るような気持ちで勇気を出して
顔をあげる。
「ご注文はおきまりですか」
「vin chaudをふたつ」
発音を聞いて、朔が誉めてくれる。
「フランス語もできるのね」
「ううん、ただ……」
くすくす笑いで、朔が遮る。
「ただ……、サユミは
フランス語についての資料を読んだ、のよね?」
「正解」
朔のことが、すき。
どうしてかわからない。
でも、とても休める。
やわらかくて穏やか。軽くて細やか。
不思議な人。
「か、かしこまり、ました……」
ウエィトレスさんの持つペンが震えてる。
朔がそれに気付いて
「ご気分でも?」と迷いなく優しく聞く。
それだけで、彼女の住む世界が少し見える。
「……いえ!失礼いたしました」
朔に気づかれないように
彼女に小さくウィンクして
人差し指を唇にあてた。
『ひみつ』でお願いします、だよ。
……目で頷いてくれる。
ファンの方って、
やさしいなぁ。
「はい、承知しました。
……vin chaudおふたつですね」
ウェイトレスさんが行ってしまってから
朔に聞いてみる。
「朔は…親切だね。いまの子が可愛いから?」
「なにいってるのサユミ」
「だって……優しく話してたもん」
ふざけて、ふくれてみせると
またバターみたいなとろける笑顔。
「朔は結婚してるんだね」
「ええ、してる。サユミは?」
「ぜんぜん、まだ」
その答えに朔はくすくす笑う。
「朔について知りたい」
「もう知ってるでしょう、
花屋で、既婚で、日本人」
そう言われると、じゅうぶんな気もしてきた。
「サユミについても知ってるわ。
花好き、独身、日本人、それから」
「それから?」
「とっても魅力的」
うれしくて舞い上がる、ってこんな感じかな。
『花組の』『トップの』がつかない
誰でもないわたしを、朔がほめてくれた。
「魅力的は朔だよ」
「ありがとう」
運ばれてきた、温かいワインの香りと
朔の身体についてる花の香りが
風にのって、舞いあがる。
すごい。
夜が、キラキラしてる。