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まいちる
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妖精さん……じゃなくて
サユミは
昨日も店に来たのかしら。
連絡先もしらない。
ただ、一昨日夜のカフェで
ヴァンショウ飲んでおしゃべりして
とても楽しく別れた。
夢のように楽しかった。
それから23時近くに自宅に戻ったら
珍しくはやく帰っていた夫に
玄関で蹴り飛ばされた。
こんな夜中に出歩くなんて非常識だ、とか
色々言われたけど傷みでよく聞こえなかった。
黙っていても蹴る。
釈明しても蹴る。
ならば少しでも体力温存を、と
静かに蹴られた。
泣いたり怯えたりしないことが、
より彼を苛立たせることは知ってる。
でも
出来ないことというのは、ある。
服で隠れる範囲にたくさんのアザ。
更に手首をひねったことで、
1日は休みが必要だった。
こまったな、今日もあまり動かない。
右手首を痛めての花屋の仕事は
……プロとしてダメな感じ。
でも、そんなに閉めてもいられない。
少し遅いけど店をあけよう。
仕入れのササキさんにお願いしていた
ヒヤシンスがたくさん届く予定だ。
……。
サユミがもし来たら
なんて説明すればいい?
嘘はつきたくない。
本当の話は聞かせたくない。
……こんな心配は不要かもしれないし……。
一夜限りの、夢の妖精さんには
もう2度と会えないのかも。
そんなことを考えながら
ゆっくり店を開けて
きゅっ、と、エプロンの紐をしめると
冷たい風が気持ちいい。
キラキラ光るガラスに
花の色が映ってる。
綺麗。
もう水曜日。
あちこち痛いけど、
がんばりましょうか。と思ったら
紺のピーコート、お洒落な出で立ちの
最初のお客様、ご来店。
「朔っ!」
「サユミ!」
中学生女子並みの勢いで再会した。
「朔、きのうお休みしたでしょ。
どうしたのかな、と思って心配でね、」
「わたしも、サユミが……
花を買いたかったんじゃないかって、
心配した」
「買いたかった」
「そうよね」
「会いたかった」
「わたしも」
頬に触れたサユミの手は、とても……ハンサム。
シュロチクの陰で、静かにキスをする。
どちらからともなく
暖かくなると花が開くように自然に
甘いキス。