-
それから
-
【望 2018】
「だいもーんっ!ひさしぶりっ」
さゆみちゃんは楽しいときに
わたしを「だいもん」呼びをする。
今日はひさしぶりの東京デート。
天草四郎、なんてへヴィーな役を
きっちり終わらせたさゆみちゃんを
お稽古休みを利用して東京まで迎えに来たので
日帰りデートだけど。
…一緒に帰れるなんてしあわせだ。
雪組さん、アルカポネやったねぇー、
花組さん、お花やさんやったねぇー、
懐かしいねぇ、
なんて
とりとめなくお喋りしながら赤坂をあるいて
ちょっと有名な料亭で
ランチをたべた。
びっくりするほど大きい卵焼き。
厚くて、熱くて、ほんとうに美味しくて
ふたりとも満腹で大満足だったのに
しばらく歩くと
さゆみちゃんが急に、黙った。
「さゆみちゃん?どうしたの」
「……ここ、前、お花やさんだった、の」
そう言いながら小さくてお洒落な
チョコレートショップを指差す。
「そう、なんだ」
誰かを想ってる顔してる。
いま、この瞬間に
……こんな人恋しい顔させてるのが
わたしじゃない事実はそりゃ、辛いけど。
でも
そんなさゆみちゃんと一緒にいることを
選んだのはわたしだ。
こんなときも、さゆみちゃんへの愛は
嫉妬とかには変わらない。
だってこの「花組のおとうさん」は
いつだっていろんな人への愛に溢れてて
わたしのことが大好きで
それをいつも、ちゃんと伝えてくれる。
ゆきちゃんのことも、れいのことも。
きっと、ここに居たひとのことも。
「……」
「…悲しいこと?」
「ううん、ただ…幸せにいてほしい」
「忘れたいなら、忘れればいいけど。
忘れたくない思い出なら、大事に
持っていればいいと思うよ?
さゆみちゃんらしく」
「……う、んっ」
「心配なの?」
「……う、ん。急にいなくなった…から」
目から涙が溢れそうだ。
「さゆみちゃんが好きになったひとなら…
大丈夫に、決まってる」
さゆみちゃんは、ちょっと考えて
顔をあげる。
「そ、う…?な。なんで?」
「うん。そういうもんだよ。
だってさ、さゆみちゃんが好きになるのって
逆境にも負けない生命力あるひとじゃない?」
素直なさゆみちゃんの顔が
ぱっ、と明るくなる。
「いつだって努力する
ズルくない強い人に惹かれるでしょ?」
「そ、う…かも」
「そんなひとは、何かあっても
きっと大丈夫だと思う」
あ、
笑顔が降りてきた。
どんな顔も可愛いけど
やっぱり笑顔がいちばん。
「あや、ちゃん」
「ん?」
「つまりあやちゃんが
そういうヒトってことだよねぇ」
「え、……そ。それは…また違うってば」
「照れてる…♪」
「……からかわないでよ」
「あやちゃん。ありがといつも」
「どういたしまして」
まっすぐに真剣に
お礼をいうさゆみちゃんが
眩しくて目をそらす。
「だーいもん!すごく今更だけど…」
「なに?」
「望さん、ってぴったりな名前だね
いつも希望をくれるでしょう、だから…」
そんな可愛すぎることをいう彼女の頬に
思わず頬を寄せたら。
微かに
でも。たしかに
花の香りがした。