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いつか、きえるまえに
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もう1年、もっと前。
サユミと一緒にいた時間は
とても短かった。
でも
長さは問題じゃない。
触れた髪、
柔らかい肌、
くれた思いやりの言葉と
言葉にしない優しい気持ち。
もう遠くなってしまったあの日、
「また逢えるよね?」とサユミに言われて
わたしはとても注意深くこたえた。
「逢いたいわ」
どうしてそんな答え方をしたのか
今でも不思議だ。
さんざんサユミと抱き合って
体も心も満たされた後に
夫の居る家に帰るには
勇気が必要で
いつも通らない道を通り
ほんの数分の赤坂の駅まですら
無理に遠回りした。
その途中で
(いま思い出しても笑ってしまう)
シアターのまえ大きなポスターに
サユミがにっこり
うんと素敵な姿で、いた。
思わず駆け寄って
はじめて彼女のもうひとつの名前を知る。
あすみ、りお。
りお…。
そのとき何かが頭のなかでピン、と
音を立てて繋がった。
『リオサンバ』というバラの名前を
可笑しそうにしていたサユミを思い出したら
涙が溢れてきた。
翌日、当日券があるというので
午前中の公演をみた。
わたしにとって、はじめての事ばかり。
舞台は、みんな女性。
でも言われないとわからないほど
少年は少年で、青年は青年だった。
そしてサユミ…ではなくて
りおさん、が
音楽と光のなかに居た。
大好き、サユミ。
わたしに勇気をありがとう。
もう、迷わない。
だってそんなに真摯に居るあなたを見たら
自分を偽るのは恥ずかしいと思った。
すぐに語学が活かせるNGOに応募し
夫と別れ、親に泣かれ、義理の母になじられ
日本を離れた。
そして最近、
もう1年以上働いてるのに
長期休暇をとらないの?という
同僚達の声に押され
とりあえず3週間、帰ることにして
いまに至る。
長いフライトで
久しぶりに日本の新聞を隅々まで読む。
「トップスター、退団」
ふと、ちいさな記事に目を落とすと
サユミの写真。