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だきしめてはなさないで
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電話が鳴った。
知らない番号。でも、
サユミからだという確信があった。
「はい」
「朔」
「サユミ」
「朔…っ」
懐かしい声が涙ぐんでいるのは何故?
朔あいたい、よ…、という声が掠れていて
わたしはふいに困惑する。
わたしはもしかして、
なにか酷いことをしたのだろうか。
宿泊している宿の名前を告げる。
サユミの声がその途端に、明るくなる。
「?えっ?そんなに、近くにいるの…」
「いるわ」
可愛いのは変わらないのね。
花のようなひと。
「10分で行く」
「ロビーに降りてるわね」
「うん」
きっちり10分であらわれた彼女は
相変わらず妖精の佇まい。
羽のように軽く
数歩前で、止まった。
言葉もなく見詰め合って
サユミの、まっすぐで
綺麗な瞳に映る自分を見たら
自分がサユミに
どんなに、会いたかったか、
わかった。
「…畳のお部屋にしたの、珍しくて」
きりりとした目線が返ってくる。
「ね、部屋…行ってもいいでしょう?」
その視線を受け止める。
「来て」
誰にも会わずに部屋に辿り着けた。
……いまならわかる。
赤坂で会っていたとき
どんなに注意深く一緒に居てくれたのか。
部屋に上がり
戸を締めた瞬間、思い切り抱き締められる。
サユミの香りで頭がくらくらする。
抱き合った記憶がたちまち蘇る。
細い腕の力は強くて情熱的。
久しぶりなのに近況を訪ね合うこともせず
唇を重ねる。重ねて、貪る。
はしたないとか
そんな冷静さは、
たちまち溶けて消えてしまう。
キスの音、
身体をまさぐる衣擦れの音、
ふたりぶんの息継ぎの音。
どうして
2年近くも
離れていられたのだろう。
「…朔っ…、ど、して」
「…?」
「どうして…わたしたち
逢わないでいられたのかな」
わたしの想いをなぞるように
サユミの声が聞こえた。
どうして居なくなったの、とは
言わない彼女。
そんなひとだから惹かれた。
サユミが掠れた声で
キスの合間に伝えてくれる
愛の言葉。
記憶より少し強い力。
記憶より更に細い腕。
頭の芯が
たちまち溶けてゆく。
ほら、やっぱり花の香りがする。
でも、今日は畳の香りも、する。
いつの間にか
わたしは下着しかつけていない。
ふと、手を止めたサユミが少し離れる。
「どこも…綺麗だね朔。…よかったぁ」
あぁ、サユミは以前
痣だらけの身体を見たのだった。
忘れていた痛みの記憶が微かに、蘇る。
「あのとき…痛そうで遠慮したんだからね」
ちょっとサユミが眉をあげて、続ける。
「………でも、今日は遠慮なんてしないから」
なんて綺麗なひとだろう。
なんて身体に響く声だろう。
「朔…黙っていなくなって、ひどい人。
ね、ここ、固くなってるよ……。
気持ちいいんでしょ?」
ゆっくりと胸へキスが始まり
言葉とは裏腹に
唇も指もとても優しくて繊細で
震えるほどに感じてしまう。
微かに薔薇の香りがする。
きれいに爪が切り揃えられた
清潔な指が
わたしの唇に添えられる。
「舐めて?じょうずに」
わたしは言われるままにそれを咥える。
「朔」
この後のことなんて知らない。
でも今は
溺れてしまおう。