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ジンで書いた小ネタ3つまとめてみた。
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○体調不良でも変態
「あー……不覚です。こんなにも美味しいシチュエーションで何も出来ないなんて……」
「バカな事言ってないで、しっかり休んで下さい!」
ベッドでぐったりと沈むジンの額に冷たいタオルを乗せ、布団を肩まで被せた。
先ほどから何とかして色っぽいイベントを起こそうとするジンをベッドに沈めてきたが、ついに体が動かなくなったらしい。
リュオに呼ばれ慌てて飛んできたあいを心配させまいとしてのパフォーマンス……だと思いたい。それにしては結構しつこく粘っていたが、あいはそう信じる事から始めることにした。
「ジンさん、食欲はありますか?」
「そうですね……あるにはあったような気がしたんですが……」
しおらしく考え込むジンを見て、あいはなんとなく神妙に待ってみる。
だが彼の頭は発熱のせいで煩悩と煩悩が入り乱れて矢張り煩悩まみれだった。
最初こそ、あいの信じた通りパフォーマンスだったのだが……恥じらうあいを見ていたら本気になってしまったのだ。仕方ないことだ。
「今となっては性欲が強くなりすぎて良くわからないのが本音です」
「……氷枕、もう一個増やしましょうか? 頭とおでこにやれば良く冷えて良いかも」
「いえ、嘘です。いや、嘘ではないのですが……とりあえずお腹は空いてます」
「じゃあ、おかゆ作ってきますね」
ジンの弁解にあいは満足そうに笑う。その姿がやはり可愛らしいので、ジンはなんとかセクハラをしなくてはと動きが鈍っている頭を動かす。
体が動かない分、口を動かそう。
「メイド服ならばそこのクローゼットに入っています。新品ですし、サイズも合うと思いますよ」
「なんでメイド服がジンさんの部屋にあるんですか!」
「緊急時に備え……」
「しかもなんで私のサイズを知ってるんですか!!」
「寧ろ知らないと思われていた方に驚きます」
きっぱりと言い放つジンにあいが脱力する。
しかし怖いもの見たさにあいはクローゼットへと向かい覗き込む。
あった。一着だけ。着なくても解るほどにあいにぴったりサイズのメイド服。
「つかぬことをお聞きしますが……このメイド服は新しいメイドさん用ですか?」
「そんな訳ないじゃないですか。そういったものは保管する場所がありますので……これは私物です」
「ジンさんには入りませんよね?」
「恋人に着せようと思いまして」
熱に浮かされいつもよりトロン、とした目でドヤ顔するジンにあいが顔を赤くする。
ああ、その顔が見たかったのだ。ジンはしんどい体を持て余しながらも満足そうに笑う。
やりきった顔をするジンの表情を見て、あいは悔しそうに表情を歪める。
「そうですか……では、最後になりましたが、メイド服、要りません!!」
クスクスと笑う声を背中で聞きながら、あいはおかゆを用意しに向かう。
耳を赤くしているあいの背中を見送り、ジンはベッドに体を委ね息を吐く。
普段自己管理して風邪など滅多に引かないというのに、とんだ失態だ。だが普段から行き届かなくても良い場所にまで栄養が行きそうな程栄養摂取している為か、直ぐに復帰出来そうだ。
「しかし……矢張り安心するものですね」
リュオがあいを呼び出すと言った時は渋ったが、矢張り来てくれれば本音は嬉しい。
勿論移ってはいけないという思いもあったが、情けない姿を見せたくなかったという意地もあった。
だが今現在、あいの前でべったべたに甘えている自分がいる。
「次は何を用意しましょうか……」
またジン的には幸せな、あいにとっては良からぬ事を考えつつも、幸せそうな表情を浮かべたまますぅ……と眠りについた。
○彼が爪を綺麗にする訳
「ジンさんの爪ってほんとに綺麗ですよねぇ……」
うっとりとつぶやくあいを見てジンが自分の指を見直す。
昨晩手入れしたばかりの爪は我ながらきちんと整えられており、確かにあいが言うように綺麗な部類には入るかもしれない。
「こうやって清潔な男性って珍しいですよね、きっと」
「そうですか?」
「ジンさんは執事だからきっと余計にきちんとしてるんですよね。普通の男の人はこんなに小ぎれいにしてませんよ~」
多分、とあいが語尾に付け足し笑っている。
なるほど、なるほど。彼女はジンの思った通り、男慣れはしていないと確信を抱き嬉しげに笑う。
ジンは心から嬉しくて笑ったのに、何故かあいが警戒に顔をしかめたのが解せなかったが。
「……なんです?」
「なんか、ジンさんがまたよからぬ事を考えてそうで……」
「いやですね。ただ褒められて嬉しかっただけですのに……」
「本当ですか?」
「ええ。もちろんです」
褒められたから嬉しかった、というのは嘘だが嬉しかったのは真実である。
だから半分しか嘘を吐いていないので自分は無罪である、とジンが飄々と笑う。
これだからあいがいつも警戒するのだ、と言うことには気づいているが直すつもりはない。三つ子の魂はいついつまでも、来世でもきっと変わらないだろうから。
「……しかし、私が爪を整える理由はその為だけではないですよ?」
「え?」
「もちろん執事である限り、身だしなみは徹底しなくてはいけません……ですが、私が爪を整えるのは貴女を傷つけない為です」
「へ?」
「私の爪で、貴女を傷つけてしまうかもしれないでしょう?」
「……はぁ」
あいにはジンの言葉の意味がよく解らず曖昧な返事をしてしまう。だってよく分からない。
だが、彼が自分のことを案じてくれたのは解る。
「……私、そんなに柔じゃないですよ?」
そうだ。爪ごときで傷を負うほど弱い作りはしていない。
そう伝えるとジンはまた嬉しそうに笑う。
「では今度実践で教えて差し上げますよ」
「……はぁ。でも、私もちゃんと切ってますよ?」
ほら、とあいが自分の指先をジンに見せる。
当然だ。なぜならあいはパン職人なのだから。
「ええ。もちろん解ってますよ。私が教えるのは何故男が爪を短くするか……です」
あいが知っているジンの笑顔の中でも最高に胡散臭い笑顔を浮かべたので、本能的にササッとあいが距離をとる。
「早く、その日が来ると良いですね」
そう言いながらジンは自分の指の爪に触れて、あいに笑いかける。
ジンの言うその日が来て、あいがジンの言わんとしている事を理解したとき。
彼女がどんな顔をするかは想像するに容易い事だった。
○結婚を前提に話し合おう
では結婚を前提にお付き合いお願いします。
なんて、結構軽い口調で言ってきた男を見上げ、あいがため息をつく。
ああ、今日も胡散臭い顔をしてるなぁ、なんて思いながら断る言葉を選ぶ。
「ジンさん……今はまだ私、仕事が一番なんですよ」
「はい。存じ上げております」
明らかに断ろうとしているのに、ジンが慣れたように笑うのはきっと、断られることを想定していたからだ。
何故ならこのやりとり、今日が初めてじゃなかったりする。
だからあいもいつも通り、いつもの形式を口にすることに躊躇わない
「今は結婚なんて想像できないし、ジンさんを優先できないし……」
「もちろん、わかっています」
いつもの笑顔は変わらない。多分、きっとまた数日後このやりとりをするんだろうなぁ、と漠然と思う。
「……それでも良いんですか?」
「貴女は相変わらずまじめですねぇ」
ジンが嬉しそうに言う意味がよくわからない。何故彼はフられているのにこんなにも余裕なのか。
むしろフっているあいの方が余程余裕がない。というか、最初から無い。
あいが胡乱げにジンを見ると、彼は肩をすくめて話し出す。そんな仕草ですらかっこいいとかどういう了見だろう?
「私だってもちろん、ノーブル様を優先しなくてはいけない場面が多い……、いえ、恐らくその場面の方が多いと言えます」
それはそうだ。一介のパン屋とノーブル様専属執事を一緒にしてはいけない。きっと彼はこの先常に、ノーブル様に付き従うのだから、例え結婚して、子供が出来たって家庭を優先するなんて夢のまた夢だろう。
「お互い様じゃないですか。貴女は今、仕事が大事……ならば、仕事以外の時間は私が独占したい」
仕事優先なのはお互い様だから、それ以外を全て献上しろと笑うジンは優しかったのだろうか?それとも傲慢だったのだろうか?
あいにはよくわからない。とかくこの男は信用できない。
というか、なんでまともなことを言っている筈なのにこんなにも詐欺の香りがするのだろうか?
「それで、仕事がひと段落して……私の占有率を増やしても良いと思ったその時は……その身ひとつでお嫁にきてください」
簡単なことじゃないですか?とジンは笑うが、あいはやっぱり信用は出来ない。
だってこの男があいを相手にするメリットがまるで分からないからだ。
むしろデメリットなことばかりな気がする。
「ジンさん、は……私のことが好きなんですか」
「ええ、かなり。お慕いしておりますよ」
「私も多分、貴方のことが好きってことを解ってるからしつこいんですか」
「はい、もちろん。だってあなた、私の事大好きじゃないですか」
ジンが綺麗に笑うのを見て、あいが背筋を凍らせる。
ああ、やっぱりこの男は胡散臭い。今日も、きっと明日も、いついつまでも。
「このやりとりに終わりがくるとしたら?」
「貴女が私の恋人になるか、妻になるか……ですかね?」
「つまり私がYESと言うまで絶対に終わらせない、と……」
「そういうことです」
解っていたが、やっぱりそうだった。
ニコニコと笑うこの男はやっぱり曲者だ。
「もーやだ、超怖いこの人……!!」
「ははは、未来の旦那様に対してヒドいですね~」
「まだ決まってません!!」
「いいえ。ジンさんは絶対に貴女の旦那様になる男なのでしっかりと覚えておいてくださいね?」
「怖っ!」
あいがジンに対して牽制として大きな声で抵抗しているが、ジンにしてみればポメラニアンがキャンキャン鳴いているようにしか聞こえない。
残念ながら、もうなにしてもかわいく映るので何をされようとも牽制になど、なるはずもなく。
「ああ。もう……そんなに可愛い姿でホイホイ私の前に現れた方が悪いんですよ。さっさと私のものになりやがれ、ってやつです」
「もうやだー!」
あいの叫び声が木霊するが、いつも丁度良く助けにきてくれるリュオや通りすがりの方も現れない。
「まぁ、ゆっくりと行きましょうか」
決定的な拒否が出来ないあいが降参するまでそう長くはかからないだろう。
ジンはゆったり微笑みながら、今日もあいをツツいて遊ぶのだった。