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【社恋】僕らの恋愛戦線2【白鷺参戦】
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*Nunquam periculum sine periculo vincemus.
会社に入社した年が一緒ならば周囲に注目されているのも一緒。
更に同じ部署に配属されて何かと比べられる二人はなかなか気が合って女性の好みまで被っていた笑えない話。
そんな二人がご執心のお姫様は最近は上司の白鷺に懐いている。
恋とまではいかないと思うが…彼女の事が好きで好きで、あいに溺れている自分達では希望的観測も含まれ確固たる自信はない。
しかしあいのあの状態は親鳥について回る雛鳥…という表現が一番相当するだろう。
だからといって、安心は出来ないが。
うっかり恋に転がったら目もあてられない。
「あいちゃん。今日定時でしょ?一緒にご飯でもどう?」
「あ、今日は白鷺課長と打合せがてら食事するのでまた今度誘って下さいー」
にこにこと桜澤の誘いを断るあいに裏表は無く、恐らく全く他意は無いのだろう。
「準備は出来ましたか?そろそろ出ましょう」
「はいー!」
「では、桜澤君お疲れ様でした」
「……お疲れ様…でした…」
最後に笑いかけた白鷺の顔すらも余裕の笑みに見えるのは、仕方ない筈だ。
白鷺の後ろを雛鳥よろしくパタパタ追い掛けるあいを見送り桜澤ががっくりしていると後ろから肩を叩かれた。
「おい、緊急ミーティングすんぞ」
「……その方が良さげ…だね」
創が桜澤の肩を叩き、あいと白鷺が消えたエレベーターを睨みつけている。
それに桜澤も創程ではないが目を鋭くさせて頷く。
「追い掛ける?」
「大森亭だ」
創が言葉少なに答えるのに桜澤なニヤリと笑う。
「………流石」
やはり敵にすると恐ろしいが味方に回ればこれ程のパートナーは居ないだろう。
目的地が解っているならば少し時間をあけて偶然を装って乱入すれば良い。
新プロジェクトの新案を出すのに四苦八苦残業してる南雲と久留巳をとっつかまえれば尚良いだろう。
利用出来る後輩は骨まで活用すべきだ。
創と桜澤はカフェスペースで一服しつつ今後の打合せをしていた。
「あいちゃんは……多分客観的に見てもまだ課長が好き…て事は無いと思うんだけど…」
「……問題は課長か」
「うん。課長があいちゃんをなんとも思ってないなら良いんだけど…」
「何かの間違いで好きだったら…」
「ヤバいよね。最近課長に懐いてるからそのままとんとん拍子に……てね。……可能性ははっきり言って高いと思うよ」
大体あいは無防備過ぎる。
自分以外男しか居ない部署に所属しておきながら何故その手の事へ発展するかもしれない、とか思わないのか。
誰に誘われてもお友達感覚でひょこひょこついて行ってじゃあね、バイバーイ!と平気で帰って行く。
これは比較的良心的な新規事業部の男性陣だから済まされる事で程度の低いアホなら男女二人で食事に行けばその先を期待する。
いや、言い過ぎかも知れないが、だが実情だ、現実だ。
気になった女の子をちょいと酔わせて甘い蜜を啜ろうなんて男はごまんといる。
白鷺は良心的な男代表だから目の前であいが無防備に寝てようが前後不覚になろうが絶対不埒な真似はしないだろうが。
白鷺なら……。
……ん?
桜澤がある違和感に気付く。
白鷺なら、仕事の話は会社でするんじゃないか?
あ…あれ……?
桜澤の背中に冷たいものが走る。
それはもうダラダラと。
「……あれ?ちょっと待って」
「何だよ?」
「……確かにあいちゃん自身も課長に懐いてるけど……何気に…課長もさり気なくあいちゃんに接近……してる気がする……ような、」
「………」
そりゃそうだ。
あいはわざわざ白鷺を探して追い回しているのではなく白鷺があの手この手で自分を追い掛けてくるように仕向けているのだから。
良く、考えてみろ。
あの、白鷺が好きでもない人間を食事に誘うか?
答えは否。
あの、白鷺が好きでもない人間の飲み物を用意するか?
ここも否。
ならばあの白鷺という男は他人が後ろについて回るのを許容する男か?
残念ながら、答えはNOだ。
どうやら恋に溺れた自分達は見落とした事が山程あるようだ。
「……あんま二人きりにするのもヤバいな。行くぞ」
「……あの二人は?」
「大丈夫だ。明日は休みでアイツらは優秀だから」
つまり休み中に案を纏めろという鬼発言をしているらしい。
そして桜澤はどちらかといえば創寄りで反対する事はなかった。
結局同期の鬼二人に引きずられ南雲と久留巳も妨害作戦に参加する事になる。
この二人の中で南雲と久留巳に人権は無かった。
「あっ!!ローストビーフ!」
「今日は良い肉入ったから特別なー」
けらけらと笑う長年白鷺の幼なじみを務める希有な存在、大森はあいの前に皿を置く。
白鷺の前には何も無く、大森を睨みつけるがへっ!と笑ってかわされる。
「当店のサービスは女性にのみとさせて頂きますので悪しからずになー」
「……営業態度劣悪な店はいつか破綻しますよ」
「安心しろ。お前だけだから」
二人のやりとりにクスクス笑ってあいが見ている。
そろそろ仕事の話かな~、と構えているけど白鷺にその気配はなく。
「……課長、仕事の話は………」
「……あぁ、そうでしたね。…仕事には慣れましたか?」
「……はい。もう半年以上過ぎましたし流石に慣れましたが………」
「いえ、最近頑張るあなたを見て気を張りすぎているように思い少し心配だっただけです」
「…そうですか?」
ワーカーホリック気味の白鷺の目から見て自分が頑張っているように見えるならば嬉しい、とあいが照れたように笑う。
「頑張り過ぎるのはあなたの長所であり短所でもあります。少しは休んで調整するのも大切です」
つまり連日残業を繰り返していたあいを休ませる為に誘ってくれた…という解釈で良いんだろうか?
やはり白鷺は仕事しか見てないようできちんと部下の事まで気にかけてくれて優しい。
あいがご機嫌でローストビーフをつついていたが、少し解釈が間違っていた。
確かに白鷺は周囲の細かい所まで気を配れる良い上司に違いは無いが、今回あいを誘ったのは上司が部下を誘ったのではなく男が女を誘った……が正解だろう。
白鷺は桜澤や創を差し置いてちゃっかりあいを連れ出したのだ。
創と桜澤があいに好意を抱いているのは気付いていた。
そして自分があいを好きだと知ればあの二人は結託して自分を妨害するだろう事も解りきっている。
ならば多少の職権乱用はしなければ。
2対1なのだからこれくらい当然だ。
「あ!このたまごスープ美味しい!」
「おー、それは当店自慢の……」
大森がたまごスープについて語ろうとしたその時だった。
ガヤガヤと騒ぐふたり組が店内に入ってくる。
「南雲、久留巳。席取ってこい」
なんともドS発言をする声はもう親しみすら抱く程に聞き慣れた声だ。
「別に混んでないんだから急ぐ事ないんじゃない?」
何故か普通に話しているだろうに無駄に優雅に、気品あるような無いようなセレブ感を醸し出す声もまた聞き慣れた声だ。
そしてセレブがあいに気付いて嬉しそうにあいと白鷺に近づいてくる。
「あ、あいちゃん奇遇だね!」
「ほんとですね!」
奇遇じゃないだろ、と大森と白鷺は内心で思うがあいは疑いもせずに嬉しそうに桜澤に相槌を打つ。
まぁ、白鷺的にもこんな近場をチョイスした時点でこの事態は予期していた筈だが。
だがいくらなんでも上司より先にあいに挨拶するのは真っ正直過ぎるだろう。
「仕事の話はまだ終わらないの?」
「えー……と、もう終わりました!」
「じゃあ折角会ったんだし一緒に飲もうよ」
あいが白鷺の方向を見てどうしましょうか?と聞いてくる。
何が奇遇で折角だから、だ。
白鷺がそう思うのは仕方ない。
何故なら明らかに白鷺を妨害しにきてるのが見え見えだからだ。
「……そうですね。折角ですからご一緒しましょうか」
「あ! その前にちょっと化粧室行ってきます!」
スタスタと化粧室に小走り気味に立ち去るあいを見送りながら白鷺が敵陣の真っ只中に腰を下ろす。
南雲と久留巳はあのふたり組の飛び道具として連れてこられたのだろう。
眼前の創に目を向けると頭をクイ、と下げられた。
しかし全く悪びれた様子は無く飄々とメニューを見ている。
最早あいに対する感情を隠すつもりはないようだ。
お前らそれ駄目だろ、と大森が隠れてツッコミを入れる。
何故社内恋愛NGの会社で三つ巴してるのやら。
……まぁ、一応久留巳と南雲もあいを好きな人間の一人なのだが、傍若無人な先輩に出る釘を打たれて上手く動きが取れない様子だからこの場合は白鷺、創、桜澤の三竦みと捉えるべきだろう。
今現在、大森が把握してる限りでは彼らは6角関係を築いている訳だがアンフィニット内部で観察したら一体どんな形になるのだろうか?
韓流ドラマも吃驚な10角形を目の当たりに出来るかもしれない。
……あまり見たくは無いが。
「そういえば課長。少し相談しても良いですか?」
「どうぞ」
あいを待つ間、桜澤が白鷺に口を開く。
どこか好戦的な表情を浮べる桜澤を白鷺が余裕で受け止める。
創はとりあえず桜澤の出方を待ちながら白鷺の様子を伺い、久留巳と南雲はげっそりしていた。
「これは僕のとてもシャイな友人の話なんですが……。友人が片思いしてる相手に上司の課長も片思いをしてるみたいなんですよね。……その友人は、相手が上司だから遠慮してるみたいなんですけど……友人は身を引くべきだと思いますか?」
「そうですね……」
白鷺が意地の悪い笑みを浮かべた。
答えは決まっている。
迷いなんか無い。
「……勿論、あなたの友人は身を引き、その課長に譲るべきだと思います」
お前らふたり、邪魔なんだよ。
白鷺が尊大に言い放った。
桜澤と創は白鷺の宣戦布告に真っ正面から受けて立つ。
「俺は、その友人は一歩も引く必要ないと思うぜ」
ぜってぇ負けねえよ。
創もまた、白鷺に食らいつく。
あいがいない間に戦いは熾烈を極めるものになっていく。
そんな三人の隣で久留巳と南雲が溜息を落としながら、あいが戻ってくるのを切実に待ちわびていた。
<font color="#b0c4de" size="5">恋戦、私も参戦します</font>
<font color="gray">我々は危険なしに、危険に打ち勝つことは決してないだろう。</font>