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【社恋】僕らの恋愛戦線3【なんか色々】
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*Semper avarus eget.
夏、である。
当然、暑い。
春夏秋冬の中でも飛び抜けてダルいと言う者も居れば飛び抜けてテンションが上がると言う者もいて意見が別れる夏という季節。
そんな季節に新規事業部のメンバーはアンフィニットの海の家的カフェの視察に行くことになった。
電車で。
まさかの電車移動だった。
電車……ということは当然の事ながら新規事業部の愛の狩人、創と桜澤が自分に都合の良いプランを企てていたりする訳で。
そんな訳で先ずはふたりの最初の難関、電車の中でのベストポジション死守に入る。
勿論ふたりの目当ては同じ、ふたりの目下の標的、あいの隣の席。
意地でも手にしたいから南雲と久留巳をいつも通りに威嚇して上司の郷田は佐久間と強引にセット扱いしてこちらの話に入って来れない空気を作った。
白鷺もその手で処理したかったがそこは彼が彼であるが所以で飄々とふたりの攻撃をかわしたので保留だ。
甲斐は……最近なんだか無言であいの帰宅時間に合わせるように業務を終了させて途中まで一緒に帰るとか仕出かすから油断は出来ない。
何とか白鷺と一緒にしてしまいたいけど……、いやまて。
それより先ず互いが勝負をしなくては話が進まない。
急がねばうっかり後ろに居る白鷺と甲斐がペロリと油揚げを攫って行きそうだ。
創と桜澤が一瞥し合う。
「創、窓際好きならあっち行きなよ。あいちゃん窓際に座らせてあげたいし」
「通路側最高だから通路側が良い」
「……なら白鷺課長と座れば?女性になったら白鷺課長と結婚したいんでしょ?チャンスだよ」
「うるせー!ファンブックネタ持ち込むな!!お前こそ部長狙いだろ!」
「部長は佐久間課長と一緒だから略奪愛になるし、僕は家庭は円満派だからあいちゃんと座るよ」
「ふざけんな!俺だって一局集中型だっつーの!」
「おや、席が空いているようですね、失礼します」
「前、失礼します」
白鷺と甲斐は自分達を背に言い争いをしている創と桜澤の隙を見計らって一旦外に出て回り込んできたようだ。
あいの側をキープしようとする白鷺と甲斐に創と桜澤が慌ててあいの前と隣をホールドする。
とりあえず創が隣で桜澤が前だ。
あいが外の景色から目を離して突然現れた先輩ふたりを交互に見てくる。
しかし知ったこっちゃないふたりは平然と外を見て良い景色だとか意味の無い話をした。
椅子はボックス席だから後1つ空いている。
「甲斐君、ではこちらに座って下さい」
「……いや、でも………」
「いえ、創君達とはあなたの方が年が近いですから、話も合うでしょう」
そう言ってボックス席の隣にある2人掛けの椅子にひとりで座る白鷺。
「失礼します」
無表情の甲斐が桜澤の隣に座る。
この場に座ったという事は、コイツも矢張り敵かと創と桜澤の脳内ブラックリストに甲斐晋吾の名前がつつがなく書き込まれた。
不思議な空間だったが男達は一歩も退くつもりは無いようだ。
「あ、創先輩ちょっと良いですか?」
前失礼します~、と言いながらその不思議な空間……逆ハーレムからあいが抜け出る。
トイレかと一同があいを見るとあいは上の網棚から自分の荷物を卸した。
鞄を手にあいがにっこり笑う。
「あ、創先輩窓際どーぞ!」
一言言い置いてあいが向かった先は白鷺の座る場所だ。
「課長、隣良いですか?」
「ええ、構いませんが……」
「じゃ、失礼しますー」
上に荷物を持ち上げようとするあいからさり気なく荷物を取り立ち上がり上に持ち上げる。
「ありがとうございます」
「いえ、これくらいなんでもありませんから」
立ち上がった白鷺はふいに後ろを振り返る。
振り返った先には恋狂いの男達。
片方だけ口角を釣り上げるのが忌々しい程似合う嫌みな男は勝ち誇ったように男3人に笑みを送る。
あなた方、まだ彼女が解っていないのですか?
アフレコするとしたらそんな台詞だろう。
白鷺の笑みを見て全員が意味を解する。
嵌められた。
甲斐が奥歯をギリ、と擦り合わせる。
みんな一緒に座っている中で1人孤立していれば心優しいあいは孤立した人間の元にやってくる。
そして現にあいはまんまと白鷺の思惑通りに白鷺の隣に座っている。
白鷺は優しさや思いやりで甲斐に席を譲った訳では無い。
……隣に座られたら困るのだ。
あいをおびき寄せるには甲斐の存在は邪魔だった。
ただそれだけの事だ。
「課長!あそこになんかいますよ!」
「ああ、あれは……」
仲良く話す2人の会話に創と桜澤と甲斐が苛つきながら耳を傾ける。
そんな戦火から逃れた南雲と久留巳はやっぱり仲良く最近の流行りの服について語り合っていた。
「おー」
沢山の海の家が連なり凌ぎを削り合う中でもアンフィニットのカフェは一際目立っていた。
外装も内装も申し分なく可愛らしくもスタイリッシュ、と如何にも女子達が好みそうな景観だ。
そんな景色に創と桜澤もご機嫌だった。
「白鷺ー、ちょっと来てくれ!」
といった具合で白鷺が郷田に仕事の件で連行された事が尚の事ふたりの気分を高揚させる。
仕事にきているのは解っているつもりだ。
しかし、それでも男には決して退けない戦いがある。
「あいちゃーん!僕と視察に……」
「おいっ!行くぞ!」
ふたりに誘われ(片方は命令)てあいが困ったようにふたりを見る。
どちらか一方を選ばねばならない。
道は2つに一つ。
運命の分かれ道。
例えば桜澤の手を取ればひねくれた創が戻って来たあいに八つ当たりするんじゃないか、とか例えば創の手を取れば実は内心繊細な桜澤はこっそりとしかしガチンコで傷つきそうだ、とか。
あいがあいなりに色々考えるが、実はどっちの手を取っても選ばれなかった方が不満に思い、漏れなく後からついてくる。
だから悩んでも結果は変わらない。
本格的なネオなロマンスゲームならば片方の親密度が下がるくらいの害だろう。
「じゃ、じゃあ3人で……」
「いや、3人はダメだ」
「うん、男2人に女の子じゃ偵察しに行くのにちょっと不利かもね。怪しまれちゃうかもしれないし……」
創が一刀両断して桜澤がそれらしい御託を並べてあいにどちらか選ばせようとする。
そんなあいを救出すべく甲斐が3人に接近してきた。
「甲斐君は久留巳君達とあのライバルブランドの商品の定価価格や素材を見て還元率とか試算してきてくれるー?」
桜澤が甲斐の妨害に賺さず動けば創が南雲に目で合図を送る。
さっさと邪魔な甲斐を回収しろと首をシャクる彼はもうキングコングのようだ。
というか南雲も久留巳もあいが好きだという事はもうふたりの中では泡沫に消えたのだろうか?
しかし逆らえない南雲は納得がいかない久留巳と甲斐をさり気なくそのライバルブランドの店まで誘導する。
「……え?」
あいの顔が引きつる。
なんとまぁ、3人仲良く取り残された。
さぁ、どっちだとあいの審判を待つふたり。
あいが目線をキョロキョロ泳がせる。
……平和的な選択肢はどこにあるのか……。
「じゃ、じゃあ、自社のカフェを応援しましょう!3人で!」
「は?」
「え?」
は?が創でえ?が桜澤だ。
つまり両方納得はしていないが、あいはアンフィニットのカフェに駆け込み逃げ出した。
睨み合う創と桜澤もいがみ合いながら中へと入って行く。
「じゃあ今人手が足りないからかき氷の方お願い出来ますかー?」
「はい!」
3人仲良く水着に着替えてかき氷を任された。
かき氷を作るのは経験者のあいに習いふたりはメキメキ成長して店に出せるレベルまで直ぐに達する。
お互い競り合うように練習したから最早神懸かりな作品になっていた。
「……おい、桜澤。勝負しよーぜ」
「奇遇だね。僕も同じ事考えてた」
「じゃ、話ははえーな。多く売りさばいた方が勝ちだ」
「勝ったら?」
「今日の二次会での隣に居る権利とかどうだ?」
「良いね、それ」
其処にあいの拒否権とか人権は無いのか?
隣で聞いていたあいはノホホーンとかき氷のシロップを補充していた。
「いらっしゃいませー」
創と桜澤を前面に出した途端、女性客がアンフィニットのカフェに吸収される勢いだった。
いや、一番見て欲しい水着のアピールをしなくては……。
一応あいがさり気なく水着の売り場に誘導するが、もうアンフィニットの売りはかき氷ぐらいの勢いで注目を浴びている。
しかしそんな事はお構いなしで創と桜澤はかき氷を売りさばく。
「……良いのかなー……?」
あいの心配をよそにかき氷目当てのお客様達はあいが身につけたアンフィニットの水着が気になりそのまま水着コーナーにも流れて行ったから無問題だ。
だが、あまりにも売れ行きが良すぎて結局勝敗は解らなくなってしまうのだった。
結局、二次会では不満たらたらで創と桜澤があいを囲む。
あいは甲斐に好き嫌いは駄目だと甲斐の皿に嫌いな具材を入れたり、久留巳の面倒を見たり、南雲と一緒に酒の補充に行こうとしたりと創と桜澤は先ほどからイライラハラハラしっぱなしだ。
イライラが創でハラハラが桜澤だと一応補足しておこう。
因みに甲斐はあいが口を付けた箸で盛り付けた人参を見て間接キスに照れながら食べていたと桜澤が目ざとく確認している。
そして創は酔って解放的になった久留巳を切っては捨て、南雲がさり気なーくあいを買い出しに連れ出そうとするのを佐久間を召還する事で回避した。
上司を何だと思ってるんだという話だが佐久間は意外とノリノリで南雲を連れて買い出しに行ってくれる。
本当に良い上司だ。
結局2人の戦いは今回も決着はつかなかった。
今はなんとか上手い具合に帰りの電車であいを独り占め出来ないものかと考えを巡らせる。
「帰りはみんなでどっか寄ってくか!」
そんな郷田の一言がまた新たなる戦いの幕開けとなるのだが……。
今はまだ、仲悪るなふたりはあいの隣で表面上だけ仲良く笑って食事をしていた。
<font color="#b0c4de" size="5">僕らの恋愛戦線</font>
<font color="gray">貪欲な者は常に欠乏する</font>