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遅れたけどヘンリーの誕生日をお祝いしてみた!
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ストロベリームーンは国によってはローズムーンって呼ぶらしい。見たら恋が叶うとかなんとかかんとか。
ある国の原住民が6月の満月を見てロマンチックな気分にでもなったのだろう、と思ったけど実際は6月がイチゴの収穫期だからそう呼んでいるとか。
でもそんな事は関係無いの、と。
オリエンス出身、フィリップ在住のあいは大きく酸素を取り込み、更に大きく体内の二酸化炭素を吐き出し天を仰ぐ。
「どうして後1日くらい待てなかったのかなー」
重要なのは2019年のストロベリームーンが6月17日、恋人の誕生日の前日だという事だった。
後1日じゃないか。どうせならヘンリーの誕生日にストロベリームーンだね、と言ってそりゃあもうコンデンスミルクをまぶしたような夜にしたっていいじゃないか、と。
6月17日生まれの人間の存在の事なんて一ミリも配慮していない発言だが、あいは至って本気でそう考える。
「まぁでも、月を見ながら誕生日になるのを待っても良いか……そんな暇あるかな?」
後で細かなスケジュールをロイドに確認して、ヘンリー様誕生日シフトを纏めなくては、とあいは意気込む。
プレゼントはまだ決まっていない、けど、とりあえずケーキは焼きたい。パン屋の意地だってあるし、何より得意分野である。
去年大きなケーキを焼いて他の人にも配ろうとしたらヘンリーが独占欲むき出しで「これは俺のケーキだ」と苦しげな顔をしながら全部食べていたから今年は小さく焼く予定だ。
「小さなケーキにする分、他のプレゼントを考えないと」
実は誕生日と悟られないように去年の冬にお金で買えるもので何か欲しいものはあるか、と。
用意周到過ぎて失敗覚悟であいは本人に直接尋ねた。
「……じゃあ、君が「きゃー!!!!!」
あいは自らの回想を切り裂こうと大きな声を張り上げ首がもげる勢いで振り回す。
そうだったそうだった、結局その後はそれこそコンデンスミルクに砂糖を混ぜて固めたような夜になったんだった。
つまり収穫は「ヘンリーはお金で買える欲しいものなんて無い」という事だけ。
「あー、もー……どうしよう」
もう明後日なんですけど。プレゼント用意出来てないんですけど。
あいは頭を抱えて、ヘンリーの部屋から出ていく。窓から差し込む日差しはこんなにも暖かいのにあいの表情は曇天模様だ。
自分たちは夫婦だ。それなのにどうして夫の欲しいものや望みが未だに掴めないのか。
そもそも欲しいものなんてなんでも手に出来てしまうヘンリーが悪い。ちょっと欲しいものなんてロイドに一声かければ即、手に入ってしまうなんてズルい。
お金で手に入るものが封じられてしまったなら今度は望み、と思うけどそれすら解らない。
「人参抜きのベジパンとか、人参抜きのカレーとかそれくらいしか思いつかないし」
それを誕生日に出したら一笑いはとれるだろうけど、果たしてそれは新婚の自分たちにとって相応しいお祝いかと問われれば絶対に否だろう。
ああ、もうもう。自分たちは夫婦なのだ。夫婦という事は、今年乗り越えても、来年がある。再来年も、その先もヘンリーの誕生日に苦悩するのか。
前途多難な未来にあいはまたも深いため息を落とす。とりあえず目標、察する力を養うがあいの脳内TODOリストに追加されたのだった。
「で、こうなったの?」
「…………はい」
テーブルにはリボンが巻かれた可愛いワインと小さいけれど本家ラッシーの絵が可愛いケーキ。ベッドにはオリエンス女子らしくベッドの上で正座をしているあい。
あいはかすかに見えるストロベリームーンを背景に自嘲している。恥ずかしい。これは恥ずかしい行為なのは理解している。あいの恰好はそれは愛らしいピンクが主調のネグリジェだが、ちょっと引っ張れば肩から落ちてしまうような薄い装備だった。
端的に言えば、私をた、べ、て!という恰好だ。あいの羞恥は決して間違っちゃいない。間違っているのはその恰好をしようと思ってしまったあいの勢い任せの行動だけだが、ヘンリー的にはオールオッケーなのは言うまでも無く。
「珍しくラッシーにしては正解だけど……どういう風の吹き回し?」
「……まぁ、そのですね。一応私といたしましても色々悩んだんです」
「うん。それは知ってるけど……」
自分の事で頭を一杯にさせたくてわざと悩ませたの俺だし、とヘンリーが内心で舌を出している事など知るはずもないあいは更に言葉を続ける。
「で、これから毎年ヘンリーの誕生日で死ぬほど悩むのかな、とか色々考えが四方八方飛び散ってしまい……」
「あー……うん、想像はつくけど」
「で、90歳くらいになった時私はヘンリーに何が出来るのかな、とか……90歳って大分行動が制限されてるじゃないですか」
「大げさになってきたね……」
「正直今回の誕生日、ヘンリーにワインとケーキを贈って終わろうとしていたんですけど……それって老後もまだ出来るお祝いだよな、と」
「……そう、」
大分未来の自分の誕生日の心配までしていたあいに心の深い場所と瞳の奥がじわ、とする……のに、何故か心が転がる様な、なんだか楽しい気分……これがどういう感情かはわからない。
よくわからない感情だが、ヘンリーはこの感覚に愛おしい、と名づけている。あいと居ると頻繁にこの感情に襲われて自分の顔がどういう表情を象っているのか不安になるけれど。
嫌いじゃないんだ、君とのこの時間。
「それで、とりあえず今出来る事ってなにかな、と……考えた結果、この前欲しいものが……まぁ、こんな感じ、だった、ので」
「なるほど」
「えっと……色々ちょっとうぬぼれもありこれは如何なものかな、とも思って悩んだんですけど」
「そう? リクエスト通りの賢い選択だと思うけど、俺は」
ヘンリーは心底嬉しそうに頬を緩ませながらワインに巻かれているリボンをあいの手首に巻いてそこにひとつだけ唇を落とす。
確かに受け取りました、と受領印を捺すように。それはとても、努めて甘く、優しく。
「ラッシーが俺のために悩んでくれただけで十分だったんだけどね、」
「え?」
「でも最高に嬉しいプレゼントが手に入ったから、」
そうそう。手に入ったから。だから一生懸命のぼって折角見やすくなったストロベリームーンが一度も見向きもされなかったのも仕方のない事で。
ネグリジェがストロベリームーンに合わせた色だったとか、そんな事を口にする暇も無かったあいはまたまた思い出したら叫び出してしまいたくなるようなコンデンスミルク砂糖増し増しな甘い夜を過ごすのだった。
月が綺麗にのぼったら
20190618(に間に合わなかったけど)
ヘンリー誕生日おめでとう!!
(゜-゜)!!