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【miya】
『美弥ちゃんとこ行っていい?』
『うん』
ひとこと、LINEのやりとり。
東京から戻ったその足で
さらっと
やってきたカイちゃんは
また痩せてた。
……思わず手を伸ばして
久しぶりの頬にさわる。
なんで、カイちゃんが痩せてんのよ。
「カイちゃん、たべてる?」
「もちろん。美弥ちゃんこそどうよ?」
いつも通りの口調とは裏腹に…
頬にあるわたしの手に重ねた
カイちゃんの手が
ほんとに、微かに、震えてる。
ああ。心配、かけちゃったんだな。
カイちゃんは優しくて
うんと気を遣うひとだから。
うんと……わたしのことを考えてくれたのが
この1週間の
連絡の少なさで、よーくわかってた。
休演を伝えて、
返ってきたメッセージと言えば…
「愛してる」
次の日は
「大好きだよ」
まずい、カイちゃんが辛そうだわ、と思った。
でも、変に「大丈夫」とか
「心配しないで」って
言うのも……誠実じゃない気がして。
無理なんて見抜かれる。
カイちゃんに対して平静を装ってもダメ。
そしてそんなことにもカイちゃんは
たぶん…傷つく。
だから
ただ
泣き伏してる猫のスタンプを
送っておいた。
うん。
これくらいが無難でしょ。
申し訳ないとか
みんなのことが心配だとか
悔しいとか身体も心も辛いとか
……言えたもんじゃない。
ミスはミス。わたしはプロ。
みんなもプロ。
命削ってやってる。
だから
焦るな。騒ぐな自分。
嘘はつかないで。
逃げないで。
そう思って戻る準備を、整えた。
ほかにすべきことなんて何もなかった。
東京公演を終えたカイちゃんは
なんにも、言わずに
飛んできてくれた。
「カイちゃん」
「美弥ちゃん」
どちらからともなく
キス。
「心配かけた、ね」
「謝んないでよ美弥ちゃん」
「……カイ、ちゃ……」
まだ話そうとしたわたしの唇を
カイちゃんの、親指が
すっ、と止める。
「いま、話、必要?」
ううん、と首をふる。
要らないや。
でもひとつだけ言いたいわ。
「…好き」
「ふっ、知ってるから」
だんだん激しく動いてくる柔らかい舌と、
カイちゃんの香りと優しい声に
身体の芯が溶けそうになる。
なにも言わないで
ただ心を寄せてくれた強さと優しさに
心も溶けそうになる。
舞台以外では
誰にも1度も言ったことがない、あの言葉は
こんなときに使うんだ。
「カイちゃ…んっ」
「ん?」
「愛してる」
「ん」
わたしの、沈む世界を救ってくれたひとの
背中に爪を立てる。