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合宿へ行こう1
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真田の登校時刻はかなり早い。委員会の仕事はまだ続いているので、今日も今日とて風紀委員として昇降口前に立つのだ。
他の生徒達が登校し始め、暫くすると渦中のクラスメイトの姿が目に留まった。ふわふわとした足取りで目が半分しか開いていないのもいつも通りである。
そのクラスメイトも昇降口へ近付き真田と目が合うとぱちぱち瞬きし、ちょっとだけ笑う。それもいつも通りの行動だった。
そんな些細なことに何となく安心する。
「おはよう、坂崎。」
「おはよう、真田くん。あ、髪になんか付いてる。ちょっとかがんで?」
「そうか、すまんな。」
彼女の手が届く高さまで少し前屈みになると、指が髪に触れ、絡んだ付着物をすっと取り去る感触がした。
「取れたよ。枯葉かな?」
「ありがとう。今日は少し風が強かったからな。」
「もうそんな季節か~。じゃあまた教室で。」
「うむ。」
実は二人のこうしたほんの一瞬のやり取りはほぼ三年間続くものであり、風紀委員や同じ時間帯に登校してくる生徒にとってはもう当たり前に定着しているのであるが、朝練に勤しんできた運動部員には馴染みも無く、初めて目撃した生徒は「あの真田(先輩)とぽやぽやした女子生徒がにこやかに挨拶?!」と一大事になる。
そしてそれはテニス部も例外ではなく。
「ジャッカル……今の見たかよ?」
「ああ……見ちまったな……」
昇降口へ吸い込まれていく坂崎を見送っていた真田の耳に、出来れば今一番聴きたくない声が飛び込んできた。
「丸井…ジャッカル…」
恐る恐る首を前に戻すと、瞳を輝かせた丸井が嫌がるジャッカルを引っ張ってぐいぐい近付いてくるところだった。
「なぁ?!もしかして昨日言ってたクラスメイトの女子って今の子?!真田も隅に置けねーなー!彼女?付き合ってんの?」
「おい!ブン太!」
「ばっ…!なっ…つ、付き合ってなどいない!!クラスメイトだと言っただろうが!」
「マジかよぃ?!超あっやしーな!柳に聞いてみよ!行くぞジャッカル!」
「だから!俺を巻き込むなっつーの!」
「あ!こら待たんか!!」
騒ぐだけ騒いで昇降口へ消えてしまった二人とそのままフリーズしてしまった真田を、他の生徒達は温かい視線を送りながら遠巻きに通り過ぎていくのであった。