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始まりの誕生日
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「ーアル!」
らしくなく目を見開いて、叫ぶ姿スティーブンの姿が視界の端にうつる。
なんて顔してんだ、やっぱり子供の頃と変わってないなぁ…
なんて思っていたら地面に叩きつけられる衝撃と共に、視界は暗転した。
時は数百年前に遡る。
それまで[普段どうり]に暮らしていたのに
10歳の誕生日の朝、目覚めて私は思い出したのである。
自分が生まれ変わったのだと言うことを。
日本という島国でOLをしていた事は覚えているが、まず大事な筈の家族の記憶が[なんとなく母親と姉がいたような?]程度しか思い出せない。
好きなことや興味があったことなど鮮明に思い出せることがあると思えば、切り取ったように全く覚えていないものもある。枠組みしか完成しておらずピースが足りないジグソーパズルのような記憶を繋ぎながら。まだ10歳と言う未熟な脳みそで整理して出た答えは[この世界は前世と違う世界]と言うこと。
いやだって我が家[吸血鬼ハンター]ですし
ベッドの中で見慣れた自分の部屋を見る。
子供部屋にしては大き過ぎる部屋、品のある花柄の壁紙、落ち着いた刺繍の入ったカーテン、繊細な彫りがされている家具。
カチコチと音を立てる陶器で作られた蔦バラが文字盤の縁を囲んだ置き時計。
いかにもな金持ちの家である。
それもそのはず、生まれ変わった私の家族は貴族であった。
ここはセルビア王国のはずれ、大きな屋敷の周りは鬱蒼とした森に囲まれ、馬車で二時間行かねば街の中心へはいけない。
森から抜ければ農家と畑がポツポツと点在し、我が家はその周囲の領地を治めている貴族だった。
貴族階級は下から数えるのが手っ取り早い男爵だったが、世間様には言えない大義を背負っている為バレないように表向き階級は最下位で質素な生活をしている。
ーコンコン
「アレクセイ、起きてますか?」
ノックと共にドアを開けて入ってきた女性に目を向ける。
緩やかな癖のあるプラチナブロンドを肩にながし、薔薇色の唇に穏やかな笑みを浮かべていた。
『おはようございますお母様』
ベッドに腰掛けるように体制を変えて返事をして立ち上がると母と呼ばれた女性は一層笑みを深めながら近寄り、頭を優しく撫でてくれた。
「アレクセイ、今日は貴方の10歳の誕生日です。きっちり支度をしましょうね」
『はい』
前世の母親よりも段違いに美人な母親に感謝しながら、クローゼットを開く。
そこには質素ながらも品の良い…男物。
私はいつものようにシャツを着て、いつもより刺繍が細かいズボンを履く、キュッと肩まで伸びた髪を結びそこそこなお出かけルックに身を包んでからスツールに腰掛ける母に向き直る。
『母様、いかがですか?』
「素敵よ、ふふ…髪は私がやりましょうか」
『あっ』
きちんと結ったと思っていたのに、乱れていたらしい。直そうと腕を伸ばす前にスルリと背後に回られリボンを解かれる。
気配がなかった…こんな何気無い時でも流石だなと感心しながらゴチャゴチャした記憶を整理していく。
背後にいるのは[現世の]私の母、ミラ・ディミトロフ。裏の顔のあるディミトロフ家にお嫁に来た、強風が吹いたら飛ばされてしまいそうなフワフワした雰囲気の美女だが、その実いろんな意味で強かな人だ。
その母の娘が、アレクセイ・ディミトロフ…この私である。
何故娘なのにズボンを履いているのか、悲しいかな深いわけがあるのだが。
思い出すだけで鬱だ、どうして私だと内心頭を抱えて転げ回りたい。
前世を思い出す前の私は9歳の子供らしく
[母様や父様がそういうなら必要なことなんだろう]と思い込んでいた。
おい純真だな可愛いな9歳の私…さようなら昨日までの私…
何を隠そうこの服装、ただの男装ではない。
何故なら身体も男の子だからっ!
朧げーな記憶を掘り起こし要約すると、吸血鬼の子供を産めちゃう力を持って産まれて狙われて危険だから男の子にしました…と。
顔を殆ど覚えてない前世のお母様、娘の2度目の人生がハードモードです。
「はい、終わりましたよ」
遠い目をしていたら母の優しい声に引き戻された、母様は癒しだなぁ。
『ありがとうございます』
差し出された手鏡を見ればきっちりと前髪も引っ詰めて後ろで結い上げてある。
鏡に映る凛々しい顔つきは美少年そのもの
美形に生まれて嬉しいはずがハードモード過ぎて素直に喜べないなぁ、なんて思いながら思わず眉をしかめる。
「アレクセイ…」
途端にギュッと母に抱きしめられた。
えっ何ですかどうしましたミラさん?
『母様?』
「ごめんなさい…貴女もお洒落をしたいだろうに…」
母はどうやら私が顔をしかめたのを[年頃の女の子がお洒落をしたいのに出来なくて残念がった顔]と捉えたようだ。
あっまぁ確かにそう見えたかもしれん
『母様、僕は大丈夫です』
安心させるようにニッコリと微笑めば、母はウッと口元を抑えて顔を伏せてしまった。
えっ何で!?
いやまぁ確かに10歳の女の子ならファッションに興味持ち始めるのが普通ですけども…
前世でサービス残業三昧だった物ぐさOLの記憶を思い出してしまった私には『ちょっぴり残念』程度でしかない、吸血鬼から身を守るためなら仕方ないやな!
ファッションより我が身が可愛いです、はい。
それに毎日地獄のような特訓をお爺様にされて傷だらけなんで、中身に合わせて女装?したところで可愛くないのでは?
いくら怪我がすぐ治る身体っていったって無茶がある。
しくしくと上品に泣く母様の背中を擦り続け、ようやく泣き止んだ母様に背を押されながらリビングへ向かう。
なんか母様をみていると性別とかどうでも良くなってくるような気がする。
美人過ぎるし所作が上品過ぎて。
見た目にそぐわない中身物ぐさOLの私がカスに感じるっ
ジーッと母様を無遠慮に見ていたらふいにパチリと目が合ってしまった。
ヘーゼルの目が綺麗です。
「アレクセイ、緊張しなくても大丈夫よ」
リビングの扉の前に立ったまま優しく頭を撫でられた、また勘違いされている気がする。
一先ず頷いて扉のノブに手をかけ、押し開けた。
「おはよう、アレクセイ」
そこには豪華すぎず質素な椅子に腰掛ける偉丈夫…薄茶の髪に青灰の瞳、涼しげな目元に意志の強そうな眉、通った鼻筋。
美術室にある石膏像か何かか?と見まごう美形はガッチリとした体格をスーツで隠しつつもゆったりと座っている。
ヨヴァン・ディミトロフ 私の父だ。
『おはようございます、父様』
しっかりと礼をしてから真っ直ぐ父様を見つめる。そりゃこんな美形と美女掛け合わせたら美少年にもなるわ…
前世でモブ顔だった私にとっては複雑でしょうがない、DNAって残酷…
ふふふ、なんて現実逃避に脳裏で花畑を駆けていたら父に隣に座れと手で促された。
ええい、いちいち様になりよる!
ささっと隣の椅子を引いて少し高い椅子に腰掛ける、うちには色々な事情で使用人がいないのでセルフです!足が床につかなくてブラブラしてしまうけど仕方ないやろ
大丈夫我が家その辺は緩いし
「今日はお前の10歳の誕生日だ…そして同時に、日食の日でもある」
真剣な顔でじっと見つめられたまま切り出される。天国から地獄ってこういうことかな?
父様の言葉に目を見開いたまま固まる。
「昔から言っていたが、お前のその術は食の日に弱まってしまう…弱まるとお前を攫おうとする輩がやってくる可能性が高い」
「はい…」
氷のような目にビビりながら頷く。
誕生日の朝何ですがね…
前世を思い出すとかいう嫌なことがあったから、誕生日だし今度は良いことあるかな?
なんて思っていた時期が私にもありました…
『日食が始まるまでには、部屋に戻っていれば、宜しいのですね?』
「そうだ、昼前からパーティを始めて15時には部屋に戻るように」
きっちり日食の開始時間を調べていたようだ、流石です。
いいな、といい含める父様にもう一度強く頷いて椅子からはんば飛び降りる。
今日のパーティは一族が勢ぞろいする。
父方と母方の祖母、母の姉とその娘達。
あ、父方のお爺様は他国に出張中なので不在、なんとか今日の夜には間に合うかもしれないと言って二週間前に出て行った。
…個人的には地獄の特訓がないので少しホッとしてるのは内緒だ。
いつもの誕生日ならば村長やら親しい貴族やらを招くのだが、今回は日食と被るという最悪な誕生日なので内輪だけ…
私の知ってる一般市民の誕生日よりは豪華な料理やケーキ、お菓子がテーブルに並べられる。今までの誕生日料理より凝ってるのは気のせいかな?いや気のせいじゃないな…母様と婆様張り切りすぎっす。
お手伝いをしようとするもすることは限られているので、皿やナプキンと言った小物をテーブルにセットする。
人数分を配置し終わり一息ついていると、玄関の方からノッカーの音が響いた。
「あら、どなたかしら…」
テーブルでケーキの最後の仕上げをしていた母が顔を上げる。
『僕がでます』
母様達は忙しいだろうからと真っ先に玄関に向かう、大きな両扉にかかる錠を開けて左扉をそっと開くと見知った子供が顔を覗かせる。
「アレクセイ、お誕生日おめでとう!」
『サーシャ!ありがとう…ごめんね呼べなくて…』
「お家の事情なら仕方ないよ、それに皆から贈り物を持ってきたんだ」
彼はサーシャ、こげ茶のくりくりの髪にそばかすを頬に散らした同い年の男の子で、近くの村長の末っ子だ。
屋敷に一番近い村という事もあって、特訓と勉強の合間には彼と遊ぶ事が私の日課だった。
『ありがとう…こんなに沢山?』
ドアを大きく開いて、門の前に止まる荷馬車をみる。荷台には小さな花束や果物、川魚が入ってるであろう籠があった。
村の人達も余裕が充分なはず無いのに…
父の手腕と人徳というやつだろうか
贈り物を眺めながら呆けていると、サーシャがクスクスと笑った。
「皆アレクセイが大好きなんだよ」
はいトキメキ頂きました。
同い年なんだけど今朝から私の中身は前世と合体して推定精神年齢40歳のオバハンである。純粋無垢なショタの笑顔にときめからいでかっ!
お世話になってるからね、とか
ディミトロフ家の嫡男だからね、とか言われてると思ってたのにそうきたか!
今、熱い友情をしっかりと感じた…尊い。
「はは、アレクセイ様、おめでとうございます」
『デヤンさん、ありがとうございます』
荷馬車の荷物を持って玄関までやってきたのはサーシャの父のデヤンさん、農業で鍛えられた腕を惜しげもなく晒して笑うガチム…もとい大柄で気のいい村長さんである。
そんな村長さんが両手の籠一杯に贈り物を詰めて運んで来たのを、少しずつ受け取って玄関ホールへ置いて行く。
『ごめんなさい運んで頂いて…』
「気にしないで下さい、むしろ領主様の嫡男が荷物運びなんてやるのは珍しいですよ」
カラカラと笑う村長さんにニッコリ微笑み返して少しばかりの談笑を楽しむ。
中へ招けないのが心苦しい…こういう時使用人がいないことを不便だと思う。
『じゃあまたね、二人とも気をつけて』
「またね!」
「パーティ楽しんで下さいよ!」
荷馬車に乗って去っていく二人に手を振ってドアを閉める。
良い人達に囲まれて幸せだとしみじみ思う、これで地獄の修行と勉強と使命さえなければ、最高の2度目ライフなんだけどなー
と一人苦笑して玄関ホールに視線をやる。
玄関の隅には贈り物の山、人間離れしてるので持ち上げられない事もないのだが、力加減を間違えたりしてグシャッと潰してしまわないかが怖い…
一先ず痛みそうな魚の籠を持って厨房へ駆け込んだ。