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炎
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お爺様に手を引かれ裏口から森の近くへと連れられると、お爺様の愛馬が待っていた。
先に馬に乗せられて、自分の今の現状を理解出来ずにぼうっとしているとお爺様が再び屋敷に入って行った。
何をするのかと、眺めていると
暫くして出て来たお爺様は、手に持った蝋燭を屋敷の窓の中へ放った。
途端に、燃え広がる炎
忽ち炎は一階を飲み込み、二階の壁を焼き始めた。舐めるように炎がカーテンを伝い、熱で窓のガラスが割れる。
赤々とした炎が屋敷を、母様達を焼いていく。
胸が締め付けられるように痛んで、涙がじわりと滲み出す。
いつも優しく、凛とした母様。
真摯で幼い私に対してもちゃんと向き合ってくれた父様。
厄介な運命に産まれた私を邪険にせずに暖かく接してくれたお祖母様と叔母様達。
皆、私を守る為に死んだのだと。
燃えていく屋敷の姿にようやく理解出来た。
『うっ、ぅ…ううっ』
次から次へと涙が溢れて、息がうまく出来ない。声を堪えしゃくり上げて泣いていると後ろに乗ったお爺様に抱きしめられた。
「アレクセイ…今はうんと泣け…これから泣く暇は無くなるのだから」
優しく大きな手にさすられて、堪えていた口が緩む。嗚呼…お爺様だけでも生きてくれて良かった。
でも、それでも大好きだった両親を亡くした悲しみは大きくて。
『うぁ、ぁあああああっ!』
お爺様の胸に顔を押し付け、大きく声を上げて泣いた。
どれだけ泣いたって、父様や母様は帰ってこない。わかっているけど、この苦しさと悲しさを吐き出したかった。
気がついたら朝になっていた。
自分が寝ているのはベッドで、少し動くだけでギシギシと音が鳴る粗末なベッドだった。
目をこすりながら辺りを見回す。
板張りの壁は壁紙もなく、隙間が空いて朝陽が差し込んでいる。
床も天井も埃だらけで、隅には蜘蛛の巣が張っていた。
宿屋にしては管理が悪すぎるので、廃墟なのだろう。
「起きたか…食欲はあるか?」
『お爺様…』
「まず食べろ、それから説明をする」
ほら、とパンとチーズとミルクを渡される。
昨日血で汚れていたお爺様は既に着替えたのか新しい服に身を包み、私に渡したのと同じパンとチーズを齧っている。
父と似た端正な顔は皺が入っており、前世で言うなら老齢のハリウッド俳優のような雰囲気である。
あんなことが無ければ、ナイスシニアなお爺様に再会できて内心大喜びしていたところなのに…今はそんな気力もない。
渡されたチーズを手の中で転がして、おずおずと一口齧る。
ー美味しい
そう感じたことに涙が出た。
悲しくて、辛くて、どうしようもないのに。
身体は食べ物を欲してる。
ボロボロ泣きながら、チーズを口に押し込み、パンをかじって、ミルクを喉に流し込んだ。
「食べたな…では昨夜何があったかを話そう…」
お爺様は言葉を選びつつも話し始める。
昨夜、出張していたお爺様がようやく屋敷が見える位置まで帰って来た時、轟音が響いた。
急いでお爺様が馬の腹を蹴り駆けつけると屋敷の玄関は既に壊されていたと言う。
大急ぎで馬から降りて中へ入ると、お祖母様や叔母様達は生き絶えて床に倒れていた。
血塗れになりつつも立っていたのは父様と母様だけだった。
母様はドレスを真っ赤にしながら階段へ通じる廊下を守るように立ち、父様は吸血鬼と激闘を繰り広げていた。
直ぐ様お爺様は状況を把握して、母様に駆け寄った、お爺様の顔を見てほっとした母様を支えて、アレクセイ、私の居場所を訊いたそうだ。
地下室に居るならば大丈夫だと思った瞬間、激闘を繰り広げてる方で動きがあった。
それはまさに相討ち、父様の手が吸血鬼の胸に食い込み、吸血鬼の腕は父様の腹を貫通していた。
悲鳴と共にヒビ割れ石になる吸血鬼を見届け、慌ててお爺様は父様に駆け寄ろうとした…だがしかしその瞬間、赤く光る爪がお爺様の頬をかする。腹に空いていた穴は見る見るうちに塞がり、青灰だった瞳は真っ赤に光っていた。
お爺様は即座に武器を作り出した。
父様は相討ちと同時に死に、血の呪いにより吸血鬼になってしまったのだ。
戦いが始まった、強力な吸血鬼になってしまった息子と、現一族最強の父との。
一瞬の判断の遅れが死を招くような戦いであったが、僅差で父様を拘束出来たことが幸いして倒すことが出来たという。
その後母を治療しようとしたが、大量の出血により手を施す前に死んでしまった。
ただ一言[アレクセイをお願いします]と残して…
重い沈黙が落ちる。
何故お祖母様や叔母様達が死ななくてはいけなかったのか、何故父様が吸血鬼になってお爺様と戦わなくてはならなかったのか。
疑問が浮かんでは消えを繰り返す。
「…思うに、ヨヴァンはわしに殺されるつもりだったのだろうよ」
黙ったままの私の心を読んだかのように、お爺様がポツリと呟く。
『なぜ…』
「吸血鬼になるとな、本能に支配されてしまう…それにヨヴァンはお前の居場所を知っていた…お前を守るためだ」
産まれたての子山羊が生まれて間もないのに立ち上がり乳を飲むように。
吸血鬼もなりたては本能の塊だと習った。
なら、ならば父様は私を守る為に自分をお爺様に殺させたのか。
実の父に息子を殺させたのか。
呆然としながら、顔を上げてお爺様の顔を見る。
苦しそうに顰められた顔、父様と同じ青灰の瞳は硬く閉じられて、痛みを堪えているようだった。
「…いいか、アレクセイ…お前は一族の誰よりも強くなる。このわしよりもだ…」
だから家族の分よりも生きて、奴らを屠れ
そう言って目を開いたお爺様の瞳は、決意に満ちた色をしていた。