-
出会い
-
お爺様が死んでから、更に100年以上が経った。
私は見た目30代のイケメンのままだ。
自分の歳は数えるのを止めてしまったが、産まれた歳から数えると280歳は軽く超えているはずだ。
長生き過ぎです本当に私人間かな?
今私はスペインはマラガのスラム街を歩いていた。
2000年を超えてから
世界は、化学と文明は飛躍的に進歩していったが、格差と貧困は無くならない。
ビルは天高くそびえ、機械は日々進歩し便利になり、医術も発展していく。
だがその影には常に[溢れた者達]が存在する。
その日暮らしがやっとで、化学の進歩に置いていかれた者達。
薄暗く、とても綺麗とは言えないスラムは、影の仕事を生業とする者達の隠れ蓑でもあった。
『眉唾っぽいな…』
先程バーで聞いた情報を整理しながら煙草に火を点ける。
[スラム街のクラブで怪しい売買が行われている]
何枚もの紙幣を数えながら、バーのマスターはそう言っていた。
戦争や革命が少なくなった現代では、血界の眷属は人に紛れて暮らすようなった…故にこうして地道な情報収集が火種が小さいうちに消せる最も確実な方法なのだ。
何より[牙狩り]の情報よりは早い…筈だ。
なんせ今までブッキングしたことはないのだから。
事が大きくなってから動く[牙狩り]とは違って、ザコでも見つけ次第滅するのが私のやり方だった。
『ダメで元々だな…』
クロでなければ支配人を取っ捕まえて証拠と一緒に警察署の前に置いておこう。
ふぅー…と紫煙を吐き出して、クラブへと足を向ける。途中クラブの裏で捕まえた奴から[合言葉]を聞き出し、意識を刈り取った後雁字搦めにして近くの倉庫にぶち込んでおく。
スラム街らしく寂れた建物と毒々しい灯りが目につくクラブの扉をノックすれば、開いた扉の隙間からスキンヘッドにトライバルの刺青だらけの男が顔を出した。厳つい男はこちらを品定めするように下から上へと私を見る。
「…合言葉は?」
『… [Cesta ]…』
煙草の煙と共に吐き出せば、男は無言で扉を開く。
こつりと足を踏み出し扉をくぐれば、中は爆音と酒、ドラッグと煙草の臭いに満ちていた。
「あら、いい男…お兄さん安くしとくわよ?」
「私にしてよ、サービスするから…」
バーでグラスを受け取った私を見つけるや否や近寄り身体を擦り付け手足を絡めてくる女達、虚ろで瞳孔の開いた眼を見るに完全にトリップしている。
『悪いが、用事があるんでね…また今度にしてくれ』
やんわりと、だがしっかりと絡められた腕を解きながら微笑む。
「ええ〜今度っていつぅ?」
「そこのトイレでもいいからさぁ〜」
呂律も怪しい、甘ったるい巻き舌のスペイン語が耳につく…うざったい声かけにうんざりしつつ、密かにグラスを傾けて女二人が眷属ではないかチェックする。うん、シロだな。
『仕事が済んだらな…』
チュッと女二人の頬にキスをして固まっている間にすり抜ける。中身が物ぐさOLなのに長年の男性としての生活で女性のあしらい方が上手くなってしまった…
悲しいかなまだ童貞処女なのに…
人生の半分以上を男として生きてきたが、本当は女である私が女性を抱くなんて出来なかったし
だからといって男性と関係を持つ事も出来なかった。
ああ悲しい、本気で[人知を超えた存在]を憎むわ
心の中で怨みつらみを吐きながら、人混みを掻き分け奥の扉を開く。
薄暗い部屋は小さな演劇場のような作りをしていた。
小さなステージに、様々な人種の子供や女が檻に押し込められて並べられている。
それを観客席から眺めるのはいかにも裏の奴ら、席に並ぶ顔に眼を滑らせていけば、まぁ各国の要人やら金持ち、それと[お使い]であろうスーツの男。
大きなお買い物を任されましたってか…いつの世もクズは居るもんだと呆れながら、隅にいるスタッフだろうスーツの男に微笑みながら近寄る。
『特別な買い物を頼まれたんだ…支配人に会いたい』
いつもより低めな声で、わざと眼を細めて囁くように言えば男は戸惑いながらも真面目そうにひき結んでいた口を開く。
「アポがなければ会わせる事は…」
『頼む…俺の主にお仕置きされちまうよ…あとで礼はするからさ…』
ニヤリ、と至近距離で笑えば眼を泳がせた男は頷いて付いて来いと踵を返した。
ちょろい、ちょろすぎる。
こういう時だけは美形って便利だなぁと思う。
ライブラの番頭もこんな風に情報収集してたんだろうなーとか思考を飛ばしながら男の後に続いてカーテンを潜り、奥に高級そうなソファが見えた所で[ここで待て]と言われて立ち止まる。
「支配人…特別な取引をしたいという方が…」
「…アポのない奴は通すなと言っていた筈だが?」
「申し訳ありません…追い返します」
「待て…お前がそうまでして連れてくるんだ…会ってみよう」
「ありがとうございます…」
おや、支配人はどうやら会ってくれるらしい
大方さっきのスタッフが大層な面食いで、私がそのお眼鏡にかなったと予想して興味が湧いた…といった所か。
「どうぞ…」
奥へ促しそそくさと退散する男の瞳に僅かな怯えを見て、グレーだった予想をクロへ限りになく近づけた。
このスタッフもシロだとグラスの反射でチェック済み、クロだとしたら支配人は[下僕]を増やすことより[商売]を優先しているらしいが、害あるものは排除することに越した事はない。
「やぁ、初めまして…ここの支配人のラウルだ」
『初めまして…アルです。気難しい主の使いを頼まれまして…ここはいい商品を置いてると聞いたものですから』
お互いにこやかに挨拶を交わして、ソファに座る。
「それで、私と交渉ということはどんな難しい商品なんでしょう?」
『あー…確か特別な力を持ってて、髪はブルネット…性別は男…能力持ちは中々出回らないから手を焼いていてね』
居もしない[ご主人様]の注文をでっち上げる。
注文の特徴は…ごめんなさい番頭です。
いや咄嗟に浮かんだだけです…能力持ちが人身売買に流れるのは珍しいのは確かだから注文に合う者は居まい…支配人が在庫のチェックをしているうちに、手に持ったグラスを酒を飲むふりをして傾け、支配人が映るかチェックをした。
普通ならグラスに映るはずの支配人の姿は、見えなかった。
ビンゴ、完全なるクロである。
支配人が次のページを捲る音に合わせて、血の能力を発動させておき、グラスをテーブルに置いた。
支配人がリストを置いたらいつでも瞬殺できるようにしておく
「ああ、丁度条件にあったのがいました…おい、連れてこい」
『え?……それは良かった…助かる』
待って、まさかいるとは思わなかった
思わず間抜けな声が出てしまった…バレてないよね?
新たにスタッフが呼ばれて、奥からチャリチャリと鎖の音が聞こえる。
ちょ、一般人いるとやり難い!やり難いのにっ!
ポーカーフェスを貫いているが内心大混乱である。
「最近入った上物ですよ…」
スタッフに突き飛ばされるようにして奥から出てきたのは、癖の強いブルネットの少年だった。
目は赤胴、気の強そうな眉とは反対に、少し垂れ下がった目元…怯えつつも抵抗を見せるその少年を見て
思考が一瞬停止した。
まっ
待って、まじ、待って…
こ、この子まさか?まさかのまさか?
いや決まったわけじゃないので…一先ず置いておこう。今は目の前のターゲットを迅速に倒すことを優先するんだっ!!
『…いいね、この子にしよう…幾らかな?』
長年鍛えたポーカーフェイスと演技力をフルスロットルしながら支配人に笑いかける。
「能力持ちなので高いですよ…そうですね、これくらい……しかし貴方がもしこの後ご一緒してくれるなら、3割まけましょう」
店のコースターにサラサラと法外な値段を書いてから近寄ってきた支配人に顎を掬われる。
あかん、鳥肌たった。
ーガシャアアン!!
瞬間、ソファと共に支配人が吹っ飛んだ。
あ、やっちゃった…気持ち悪くてつい思いっきり蹴り飛ばしてしまった…
「がっ…なっ!?貴様何をするっ!」
『クソが…』
己の失態に思わず汚い悪態をついてしまった…
敵意を持たれない内に瞬殺する予定がパァ…
仕方ない、仕方ないさ気持ち悪かったんだもん
すぐさま飛び起きて敵意をむき出しにする支配人に、隠す気なく手から流した血を銀化してダガーを作り出す。ついでに人が来ないように簡易な結界を張っておく事も忘れない。
「貴様…牙狩りかっ」
『そう思っておいてくれ…』
くるり、と刃渡り30cmものダガーを回して逆手に構える。
支配人が高速で移動する位置を予測して攻撃を避けながら隙を探していくが、このままだと連れてこられてしまった少年を巻き込んでしまう。
支配人の攻撃をソファを投げつけることで逸らし、何とか少年を背後へと押し込む。
「なっにす…」
『死にたくなかったら黙ってろ』
「避けるしか出来ないのかぁ?ならば半殺しにして下僕にした上で可愛がってやろうっ」
抗議の声を漏らす少年の口を片手で押さえ込んで、本性を露わにした支配人を睨みつける。
最初の上品な支配人ぜんだる姿勢は何処へ行ったのか、ニタニタと下品に笑う支配人に鳥肌5割増ししながらダガーを握り直して姿勢を低くする。
『少年、隙を見て裏から逃げろ』
「ーえ?」
低く告げて、踏み込む。
「人間ごときがぁ!」
『舐めるな、化け物』
振りかぶった支配人の片腕を、ダガーで切り飛ばす。
片腕を切り飛ばされてもニタニタと笑っていた支配人は次の瞬間自身の異変に気付き、慌ててもう片方の腕を振り被ったがその前に同じようにダガーで根元から切り飛ばしてやった。
「があっ…な、何故だっ!?」
超再生能力があるが故の驕り、それは動揺を生み、動揺は隙を作る。
切り飛ばされた腕が再生しないことに動揺して動きが止まった支配人の懐へ、一瞬にして潜り込む。
『あの世で考えろ』
ードッ!
左手に作り出していた小型のダガーを、深々と男の胸に突き刺した。
ダガーに刻まれた溝から、私の血が支配人の心臓へと流れ込むのを確認してニヤリと笑う。
「ッ!?あ、ぐ、ぁ、っ!?」
何が起こったのか理解できないまま、ビシビシと音を立てて石化していく支配人からダガーを抜く。
「そんな…ば、かなっ…」
支配人が何事か言うより早く、石化は頭の先まで到達した直後、ビシリと高い音と共にひび割れガラガラと崩れ瓦礫へ変わっていくのを見届けた。
私の武器を見て気付かなかったと言うことはこいつはタダのザコ、恐らく転化させられた[若造]である。
まぁ長老級ならこの部屋の崩壊程度じゃ済まなかったので、良かったといえば良かったのかもしれない。
煙草に火を付けて、少年は逃げたかと振り返る。
「……」
『……』
目があった。
鎖に繋がれて、私が隙を見て逃げろと行った場所に立ったままで。
いや、何故いるし
逃げろって私言ったじゃん?
人間なら出れるように結界張ったのに…
『逃げろと言ったろう…』
「…逃げても行くところなんてない」
『なら警察に連れてくまでだ、保護して貰えるだろう』
「施設にいれられる…それにここに俺を売ったのは施設の奴らだ」
『……』
なんだその施設の奴ら、クソだな。
苛立ち紛れに短くなった煙草を足でもみ消して、2本目に火をつける。
まさにこの世は地獄ってことなんですかね…
この世界って2050年以降に確かPSI…能力者保護法確立されてなかった?
『…どうしたい』
「…連れて行ってくれ」
どうしてそうなったし…えー?どこかもっと安全な所に連れてって欲しいとかあるでしょうに。
いや、私見た目イケメンだけど怪しい人じゃん?
今君の目の前で化け物殺したばっかよ?
『俺を信用すると…?』
「アンタはあいつらと違う」
キラキラと輝く赤胴色に見つめられて、ぐっと言葉に詰まる。
尊敬の眼差しやめてっ!くっそ純粋な子供を騙してる気分だよっ!?連れて行くフリして途中で里親を見つける…よしこれで行こう。
過酷な私の旅に少年なんか連れて行けません!
一先ず名前、名前はあるやろ流石に…
『…少年、名前は』
「スティーブン」
目眩がした。