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約束
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「アル、おかえり」
『ああ…ただいま』
ホテルのドアを開けば、ソファに座っていたスティーブンが立ち上がり、小走りに出迎えてくれた。
子犬みたいな反応に顔が綻びつつ、お土産のホットチョコとチュロスが入った袋を渡す。
「…これ何?」
『ホットチョコとチュロスだ…甘い物は嫌いか?』
「ううん…ありがと…」
心なしか嬉しそうに袋を抱えてる所を見ると、甘い物は平気なようだ…ホッとした…
血界戦線のスティーブンはブラックコーヒーばかり飲んでいたのを思い出し、嫌いだったら申し訳ないと思っていた。
普通は夕食を先に取らなくてはいけないが、
ちゃんと留守番してくれていたスティーブンへのご褒美でもある。
先に頂いてしまおうと上着をハンガーにかけてからソファに腰を下ろすと、立ち尽くしたままのスティーブンを見ながら隣を叩く。
ちょこん、と隣に座ったスティーブンから袋を受け取り、ホットチョコとチュロスを渡す。
自分の分も取り出していらなくなった紙をゴミ箱に放った。
よし、入った。
ふと視線を感じて横を見ると、食べていいのか迷っているスティーブンの目と合った。
『遠慮するな、ただ夕飯を残すなよ』
「!うん」
大きく頷いてチュロスに齧り付く姿が眩しい、うっ目が潰れる!直視できない!
さっと目を逸らしてぼうっとしながらチュロスをかじる。カリッとしていて香ばしく、シナモンが効いていて美味しい…また買おう。
暫く二人で無言でチュロスとホットチョコを堪能して小休止した後、夕飯にルームサービスを頼んだ。
スティーブンに何がいいかと聞いたが、何でもいいと言うので私と同じものを注文した。
トルティージャ・デ・パタタスとソパ・デ・アホと全粒粉のピストラ。
うんうん、マラガのモールで買ったボカディージョも美味しかったけどスペイン料理は活力漲る感じで美味しいね!
割とボリュームがあったのだが、美味しくてペロリと平らげてしまった。
スティーブンも育ち盛りと言うこともあるのか、チュロスを食べた後だと言うのに綺麗に食べきっていた。
偉い偉い。
食後のコーヒーを楽しみながら、明日からの予定を立てる。
ここマドリッドでの滞在は2日半、明日の夕方にクズのルシオからスティーブンのパスポート等を受けとり、その足で私の変装用の服を買いに行く。
マラガで着ていた服はどこかでゴミ箱に突っ込んで、駅のトイレで変装。
マラガの件で私の目撃者とか出てたらまずいからね…服装の印象は強いのだよ。
そして、スペイン滞在用の偽造パスでスティーブンと仲良くフランスへ…
そこまで頭の中のメモに書き込んでから、スマホで飛行機のチケットを予約しておく。
フランスに着いたらどこか小さな町へ移動しよう、一年くらいはスティーブンの体力作りに勤しまなくてならないので、ホテルはまずい。
どこかの空き部屋を借りるのが一番だなとチケット購入ボタンを押して一息つく。
スティーブンは今テレビに夢中だ。
夜なのでサッカー試合の再放送とかつまらないバラエティしかないが、子供らしく興味津々で画面に釘付けになっている。
本当は誰か里親を見つけて、普通の子供らしく生活をして欲しい…
しかし彼は21年後にHLでライブラを結成し、ライブラにとって無くてはならない存在になるのだ…となれば今から教えられる事は教えておかなくてはならない。
けれど…
『……アラン』
「…何?」
ポツリと呼べばパッと振り向くスティーブンに苦笑する。出会って3日しか経っていないのに、随分懐かれてしまった。
『…もし、お前の里親が見つかったら…どうする?』
もしも、この世界がHLが構築されない平行世界ならば…彼には幸せになって欲しい。
「っ……嫌だっ俺…アルと一緒に居たい!」
私の言葉に、みるみるスティーブンの顔が歪んでいく…ボロボロと涙を零す姿に戸惑っていると、唐突に抱きつかれた。
「俺、修行頑張るから!勉強だってなんだってするから!だから…」
ああ…
なんて小さく健気なのだろう。
こんな顔だけいい胡散臭い男を、信用して縋ってくれる姿が痛ましく、愛おしい。
『…わかった、泣くな…』
「や、約束…」
『ああ、約束だ』
私ではエスメラルダ式血凍道は教えられない事も、いつか彼の師となる人を探して預けなくてはいけない事もわかっていて約束する。
ずるい大人でごめんね…
ぎゅうぎゅうと力一杯私の腰に抱きついて擦り付ける頭を優しく撫でてやる。
癖の強い髪は、思いのほか柔らかかった。