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ルーマニアでの激闘
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私はフランチェスカ・エドワーズ
対血界の眷属の秘密組織に属する牙狩りであり、エスメラルダ血凍道の使い手だ。
世界中に散らばった捜査官や、協力者からの情報を得て。古来からこの世界で人類を脅かす吸血鬼…血界の眷属を狩る事を使命にしている。
ルーマニアで謎の行方不明事件が起こっていて、証拠も痕跡も見つからずお手上げだと。
ルーマニアのポリス内部に潜ませた捜査官からの報告を受けてこの片田舎に派遣された。
片田舎の西側、私達が到着すると人の気配はなく、ポリスが無事な民間人を避難させたあとだったが。
明らかに異常な雰囲気が辺りを包んでいた。
ポリスから[一週間前にこの西側の地区に泊まっていた観光客が見つからない]との報告を受けて、その観光客が泊まっていたホテル周りを探ることにした。
良くてグール、悪くて血界の眷属。
私を先頭にして、武装した牙狩り隊員達と共にホテルの全室や周辺の民家を捜索する。
「ぐっ!こっちはグールだらけだっ!」
「こっちもだ!」
「グールくらいで怯むな!頭か心臓を狙え![絶対零度の地平]っ!」
怯む隊員達に喝を入れて、隊員を避けてホテル中を氷で覆い尽くしグールの動きを止める。これでグールが外に出る事もなく一掃できる。
グールは隊員に任せ、観光客がいたという部屋に乗り込むがもぬけの殻だった。
やはりこちらが本命か…
舌打ちをして別働隊へ連絡しようとした所で無線機から声が響く。
《こっこちらブラボー!血界の眷属と交戦中!至急応援を要請します!》
「今すぐ行く、それまで持ちこたえろ!私はブラボーに合流する!後始末は頼んだ!!」
凍りついたホテルの廊下を走り、連絡のあった隊の居場所を思い出す。
確かあっちは民家のある地区だったはず、田舎だからグールは少ないだろうが、血界の眷属が相手となれば血法の使い手ではない隊員は即座にグールにされてしまうだろう。
人気のない町を走り抜けて、民家がポツポツと立つ町外れに着くとそこは地獄絵図だった。
身体をグールにまさぐり食われるもの
グールになって同じ隊員を襲っているもの
真っ二つに切り裂かれているもの
それに反して、中央に立っている女は傷ひとつない。
真っ赤な瞳をみて血界の眷属だと確信した。
「あらぁ?そこの貴女…もしかして血法使いかしら…骨が無いやつばかりで退屈してたのよ…」
にこりと微笑む姿は美女だが、禍々しい気配を隠さないその姿は化け物だ。
「随分な言われようだ、うちの隊員達は精鋭揃いだぞ」
「なら…鍛え方がなってないのね…貴女は楽しませてくれそう…」
舌舐めずりして血界の眷属が動く、腕を巨大な血の鉤爪に変化させてこちらを切り裂こうと飛び上がるのに合わせて、こちらも飛び上がる。
「ー舐めるなっ!」
激闘が始まった。
辺りを氷で覆いながら、攻撃しても再生する血界の眷属に隙を与えまいと攻撃を繰り出し続ける。
私の失血死が早いか、血界の眷属が氷の破片になるのが早いか…
一秒一秒が命運をわける、そんな戦い。
貫かれた肩と、切り裂かれた脇腹の痛みを堪えながら、一瞬何かに気を取られた血界の眷属に直接技を叩き込んで氷漬けにする。
ピキ、ピキ…パァン!
砕け散った血界の眷属の破片を、後ろで控えていた隊員が破片を回収していくのを見届けて。無事倒せたと、詰めていた息を吐き出す。
「ー隊長!早く医療班に!」
「ああ…助かる……っ!?」
「な、なんだありゃ…」
「お、おいあの赤い羽根っ」
「もう一匹いたのかよ!」
遠くからの殺気に、バッと振り向き上空を見る。
そこには遠くからでもわかるほど、真っ赤な赤い羽根を羽ばたかせてこちらへ向かってくる血界の眷属。
まさかこのタイミングでもう一匹とは、凍らせて止血してある傷がズキズキと痛み、失血でクラクラするのを食いしばる。
あと一戦、なんとしても持たせなくてはならない。
「総員、規制線まで後退!」
「ですが隊長っその怪我じゃ…」
「私が戦わなくて、誰があれを倒せるんだ!」
止める隊員に怒鳴りつけ下がらせる、皆がバタバタと後退準備をしているのをみていると、また声が上がった。
「お、おい!一般人は入るなっ!」
「今ここは危険なんだっぐあっ!?」
まさかまた新手か?!
そう思い警戒を強めると、隊員をなぎ倒して出て来たのは男と少年だった。
『…やはり長老級か…』
「さっきの轟音は?」
『[転化]させられた奴だ…アラン、隊員達を守れ』
「わかった」
私達の動揺をよそに、二人は慣れた様子で役割を分担したようだ。
「お前達、何者だっ」
近寄ってくる男を睨みつける。
その男は、綺麗すぎた。
陶器のような肌、月のような白金の髪、月明かりに照らされた海のような青銀の瞳、スッと通った鼻筋、形の良い顔のライン。
血界の眷属と言われても納得する程の美形。
男への警戒を解かないまま、こちらへ飛んでくる血界の眷属への警戒をする。
正直手一杯だ、今攻撃されたら生き残る自信がない。
『同業者…とでも言おうか…一匹倒した後にあの長老級相手は分が悪いだろう?』
ましてや血闘神もいない、と男は煙草の紫煙を吐き出しながら口にした。
「長老級だと…貴様のような奴は聞いた事がない…信用出来ると思うか?」
『殺すつもりなら今殺しているし、俺はアンタに頼み事があるんだ…死なれては困る』
そういうと、男は高く跳躍する。
空中でどこから出したのか分からない銀の鎖を何本も伸ばし、先についた刃が血界の眷属を攻撃する。
半分は避けられ空を切ったが、数本は血界の眷属の腕や羽根を切り飛ばした。
「あれじゃすぐに再生が…何?」
数十秒で怪我を再生する筈が、男が切り飛ばした腕や羽根は再生の兆候すら見せない。
翼を再生できずに、ドシャリと地面に落下した血界の眷属に男が走る。
男の手には今度は巨大なナイフが握られていた。
「牙狩りめがぁ…私の可愛い子を砕いたどころか…何をしたっ」
『さぁな…教えてやる程優しくないんでね』
吼える血界の眷属はようやくギチギチと音を立てて腕と羽根を再生したが、無様に撃ち落とされたのが逆鱗に触れたのか怒りに顔が歪んでいた。
刃物が撃ち合う凄まじい音が辺りに響き渡る。時折男が吹き飛ばされるが、上手く受け身をとったのか即座にまた向かっていった。
時に家屋が崩れ、樹がなぎ倒される。
隊員に被害が出そうなものは血凍道で回避したが、負傷した私の射程外のものは男が連れていた少年がカバーしてくれた。
あの男も少年も、かなりの腕だ。
何十分、何時間たったのか、凄まじい戦闘が続き男を未だ倒せない血界の眷属が一瞬動揺した。
瞬間、男のナイフが血界の眷属の胸を深々と貫く。
「ぐ、あっ!?貴様、まさか…ヴェド、ゴニャ…」
『塵は塵へ…消えろ化け物』
「あが、ぁああああっ!!」
ナイフで貫かれた血界の眷属は、その傷周辺から石化しているようだった。
聞くに耐えない悲鳴の後、完全に石化した血界の眷属は、砕け散った端からサラサラと砂になってしまった。
私は目を疑った。
あんな滅殺方法を私達は知らない、あんなものは滅殺ではない。
あれは紛れもなく[抹殺]である。
私達の知る血闘神が成し得る滅殺を遥かに超えて、この世から血界の眷属を永遠に消す技。
時が止まったように感じた。
隊員も、皆唖然として男を見ている。
唯一、男の連れていた少年だけがホッとしたように男に駆け寄っていた。
「お、お前達は…一体なんなんだ」
『…それは、落ち着いてからにしよう』
言われて、途端に傷が痛み出した。
崩れそうな身体を駆け寄ってきた隊員に支えられて、私達は撤収を開始した。