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不思議な友人
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異界と現世が混じる街、ヘルサレムズロット
3年前、元大都市ニューヨークであったこの街は。
大崩落という原因不明の大災害により、
今やアメリカという国にあってアメリカの法など通じない、毎日が危険と隣り合わせの街となった。
そんな街にきてから、出会いがあり、別れがあり…
色んな事があって…半年
僕、レオナルド・ウォッチは今日も元気に…
死にかけています…
「ぅううわぁああああ!!な、なんでえぇえっ!?」
《ハーイッ!皆の堕落王!フェ・ム・トだよぉー!
今回は前回の合成魔獣の細胞を特殊加工して街中にバラまいてみたよぉ。見た目はビー玉程だがぁ、生物の皮膚に触れた途端に寄生!増殖!宿主を乗っ取りぃ!喰いまくり巨大化するっ!!今回はお試しだから3時間で合成魔獣は死滅するけど、それまでこの街があるといいけどねぇ?!》
前に見たことのある合成魔獣の色違いの群れに追いかけられながら、街の路地を抜けて必死に走る。
走り抜ける道にも合成魔獣に寄生されて変貌していく街の人々がいるが気にしてなんていられない。
命あっての物種!
クラウスさんスティーブンさんツェッドさんK.Kさんチェインさんギルベルトさんザップさんこの際誰でもいいから助けてぇええ!
「しゃ、洒落になってないぃいいっ!?ぐえっ」
引っ張られる浮遊感と首の苦しさにパニックになっていた思考が止まる、目の前では合成魔獣の群れが餌を求めて電灯や車をなぎ倒しながら爆走していく所だった。
『危なかったな、大丈夫か?レオ』
「アルさぁぁあん〜!あ、ありがとうございますぅう」
どうやらここは彼の住んでるマンションの部屋で、ベランダから街の様子を見ていたら俺が逃げているのを目撃して釣りのように引っ張り上げてくれたらしい。
…ここ五階にみえるけど、何を使ってどうやったのかは聞かないでおこう。
『お前も災難だな…』
「あはは…あ、すんません」
パニックから立ち直り、アルさんに淹れてもらったコーヒーを受け取り、一つしかないリビングの椅子に腰掛ける。
『昼飯買いに来たんだろうが、あと2時間半はここで粘るしかないな』
「そ、そうっすよね…」
彼はアルさん、最近七番街にオープンしたカフェのキッチンとカウンター担当の店員をしている。
たまたま俺がザップさんにジャック&ロケッツバーガーを全口食われ、節約のために新しくランチを買いにいくこともできずに腹を減らして公園で途方に暮れてた所。たまたま通りかかったアルさんが店に案内して…な、なんとおごってくれたのである。
それにこの人がつくるサンドや軽食がめちゃくちゃ美味くて!店員さん良い人過ぎて!あっという間に俺の唯一の憩いの場となったのである。
ザップさんに店を教えるなんてとんでもない!!
という事でザップさんとツェッドさんには悪いけど。
密かに通い始めて数週間、今では一応友人と呼べる仲である。
しかし2時間半かぁ…金はあるけど、お腹がっ
ーグキュウゥ〜…
『………』
「……す、すみません」
『有り合わせだけど、何か作る…文句は言うなよ?』
「い、言いまっせんっ!ありがとうございますっ!」
アルさんの言葉に項垂れていた姿勢から飛び起きるようにして返事をすると、煙草の煙を燻らせながら小さなキッチンに立つアルさんの背中を眺める。
彼は不思議な人だ。
神々の義眼でどこからどう見ても立派なヒューマー
見た目は30代、身長は180cmくらい?
スティーブンさんとどちらが脚が長いんだろうってくらい脚が長くて、無駄な脂肪なんて一切ない鍛え上げられた身体をしている。
顔は誰に聞いてもハンサムというだろう美形、癖のあるブルネットの髪は少し長くて、いつも後ろで結っていた。
モデルとか、芸能人になってもいいくらいの美形なのに。HLのカフェなんかで料理を作ってる、その違和感。
この街で誰が昔どんな仕事をしてて、とかそんな事は詮索するだけ無駄っていうのは嫌という程わかっているけれど。
ーやっぱり似てるんだよなぁ
少しだけ目を凝らすと見えるオーラ、アルさんのオーラは白に黄色が混じっている。
黄色のオーラはライブラのメンバー達が発してるオーラでもあった。
そのライブラのオーラの黄色に
彼の黄色のオーラはよく似ていた
それに、雰囲気
同性とは思えない程、一緒にいると癒されて包み込まれる母性のようなものを感じるのに、それとは逆に常に彼本人に隙はなかった。
どこを取っても不思議に満ちた友人の背中をじろじろ見ても、不思議の元は見えるはずはないんだけど…
取っ付きにくそうだと思えばフレンドリーで、しかし隙もない…
ーあ、そうかスティーブンさんに似てるんだ。
脳裏を過ぎるスーツ姿に納得する。
この人は何故か、俺の上司に似ている。
他の理由はわからないが、奇妙な親近感の原因はわかった。
ジュージューと言う音と共に、魚の焼ける匂いがする。香ばしいバターの香りが鼻腔を通り抜けて、口の中が勝手に唾液で溢れていく。
『ほら、残すなよ』
「お…おおお…!」
コトリと目の前に差し出されたそれは、煌めいていた。
中位のココットにはルッコラとトマトのサラダ、かかってるのは粉チーズとあらびき胡椒…匂いからすると多分白ワインビネガーというシンプルさ
メインの大皿にはこんがりと焼かれたメカジキの切り身、その上には目にも鮮やかな緑のアボカドスライス。アボカドには遊び心と口休めのためなのかトルティーヤが刺さっている。
そして…こ、この香りは…ソイソースだ!
日本古来からあると言う伝統ソース!ソイソースが!
こんがりと焼けたメカジキの切り身とアボカドにかかり、立ち上る湯気と共に芳ばしく食欲のそそる香りを醸し出しているっ!!
「いた!だき!ますっ!」
感動と興奮のあまり思わず大声で叫び
一口一口身悶えながらも完食した。
『…何もそんな泣きながら食わんでも…』
「ぅ、ぐす…泣くなって言う方が無理です。アルさんの料理は至高です!懐かしくて、故郷に帰ったような気持ちにさせつつも新しい発見が!アルさんって何者なんですかっ」
『いや、ヒューマーだが…』
「モルッツォグァッツァで働いてたとか!?」
『そんな超ド高級レストラン俺が働ける訳がないだろ』
「ダウトッ!ダウトオォーッ!」
『落ち着けレオ』
ガスッ
アルさんのチョップが俺の脳天に炸裂した。
ピリリリ、ピリリリ
『?おい、レオお前のじゃないか?』
「え?あ、ほんとだ。はい、レオナルドです」
《少年っ無事だったか…てっきり新魔獣に食われたかと…心配したぞ》
「あぁ〜すんません…友達に助けてもらってて」
《そうか、無事で何より…兎に角落ち着いたら戻ってきてくれ……あー、あとどこかでランチの買い出しを頼む。こっちの方の店は壊滅だ…金は後で僕が出すよ》
「わかりました、買ってきます」
通話をオフにして画面に浮かぶ時間をみれば、そろそろ新合成魔獣が死滅する時間だ。
顔を上げると、アルさんが既にベランダから外を見ている。
ひょこりとアルさんが覗く反対側から外を除けば、ドロドロと溶解しながら消えて行く新合成魔獣がみえた…既に黄色いスープ状になっているのもいる。
「うえぇ…」
『死滅し始めたな…念の為もう少し待ってから行くといい』
「あ、はい…ありがとうございます。助けてもらった上にご馳走になって」
自分のさっきまでの興奮ぶりに恥ずかしくなりながら笑えば、アルさんも小さく笑って返してくれる。
『お礼ならレオがさっき頼まれた分を、うちの店で買ってくれるんでいい…俺も丁度遅番でこれから仕事だしな』
「い、良いんですかっ?!そんなんでっ!?」
『??ああ、ウチの売り上げになるしな』
「神っ神よーっ!!」
『だから、落ち着け』
ガスッ
この不思議な友人が
まさかライブラに影響を与えるなんて
この時の俺はまだ微塵も知らなかった
「んんんっ!?なぁんだぁこのサンド!?滅茶苦茶うめぇー!」
「!!美味しい…」
「これは…」
「うむ…」
「なんとも絶妙ですね」
「やだこの、サンドされてるタンドリーチキン…スパイスが効いてるのに後から来る上品な甘みがたまんないっ!レオっち!これ何処のお店っ!?」
「あ…ええっと…」
この後俺は皆が必死で店の場所を聞き出そうとするのを「たまたまそばにいた屋台で買った」と嘘をついて誤魔化して…自分の憩いの場を守りきったのである。