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真実と自覚
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俺の中で両親の記憶は僅かしかない。
両親といたのが、たった7年だったからなのかもしれない。
スラムで暮らし、貧乏ながらも真っ当に生きていた両親は優しかった。
贅沢は出来ず、食事も切り詰めて…食べて命を繋ぐのに必死だったが。貧しさを感じないほどに、両親と暮らす日々は幸せだったと思う。
だが、両親も病と事故で失い、追い討ちのように入れられた施設では。俺が[特殊な力を持っている]とわかると施設の職員は金欲しさに直ぐに裏社会に俺を売った。
ー誰も信じるものかー
両親を亡くし、縋るべき大人にさえ裏切られ
心を閉ざした俺は人身売買の店の檻の中で世の中を呪い、この世の人間は皆クズなのだと思い始めていた。
檻から出された後、連れていかれた先で待っていた男も、病に倒れた母を見殺しにした近所の奴らや、ロクに父の事故を調べもしない警察や、俺を売った施設の奴らと同じクズなのだと思っていた。
けれど
彼は化け物から俺をかばい、逃げろと言ってくれた。
俺にとって初めてかけられた言動
その瞬間、凍っていた俺の世界が溶けた。
ーこの人ならー
初めて会った赤の他人で名前も知らないその人を、俺は信じようと思ったのだ。
何も出来ない小さな子供の手を、彼はとってくれた。世界で通じる幾多の言葉を、知識を、人との接し方を、戦い方を彼は教えてくれた。
彼の側に居るために身につけた力を、俺はもっと欲した。
彼と共に戦い、肩を並べられるようになりたかったからだ。だがその為の力を手に入れるには、彼の側には居られなかった。
父のようでいて、母のようでいて
友人のような不思議なその人のことを。
俺は別れのその時まで[父]とは呼べなかった。
月日が経ち、師匠から一人前のお墨付きをもらい。
相棒と化け物退治に勤しみながら、俺は彼を探したが名前も容姿も変えながら旅する彼の痕跡を見つけることは出来なかった。
27歳の誕生日の日、その日俺はいつもの牙狩りのメンバーに誕生日を祝われ、ほろ酔いで帰宅した。
アパートの階段でよろけ、転びそうになったその時、胸ポケットからペンダントが高い音を立てて階段のコンクリートに落ちた。
血凍道の師匠に弟子入りした日に、彼から貰ったペンダント。
数日前の化け物退治の時にチェーンが切れていたので、胸ポケットにしまっていたそれが真っ二つになっていた。
慌てて拾い上げると、二つに割れたペンダントの中から、小さく折りたたまれたメモが落ちた。
12の数字と、アルファベット2文字
それが緯度軽度なのだと俺は瞬時に理解した。
慌ててスマホを探り、ほろ酔いの頭を無理矢理動かしてメモ通りに地図アプリに入力する。
地図アプリで表示された場所を確認してから、二つに割れたペンダントの裏を見る。
《アレクセイへ、愛を込めて…母と父より》
彼の残した手がかり、それを逃すまいと俺は翌朝その場所へと向かった。
セルビア、巨大な湖をかこむ鬱蒼とした森の中の開けた場所に大きくそびえ立つ樹が、あのメモが示した場所だった。
一見すると何もない…
目印となるようなものも、何も…
ただそこに樹があるだけ…
だが諦めなかった
太い樹の幹に触れながらゆっくりと樹の根元を見回し、木肌を調べた。
数時間たって、諦めかけていた頃
ふと、大きく張り出した根の下の土がなだらかな事に気付いた。通常なら根が張り出した際に土が削られて凹んでいるものである。
しゃがみこんで、必死にその根の下を掘った。
石に爪が当たって割れても、掘るのをやめなかった。
そして土の中から、古びたトランクが顔を出した。
こびりついた土を払い、錆びついた金具を破壊して開けて見ると中には古びた巻物と、分厚い本。
そして真新しいメモ書きが一枚。
[他言するべからず]
綺麗な筆記体は正しく彼の字だった。
俺は空のトランクだけを元の場所に埋めなおし、本と巻物を自分の鞄に突っ込んでその場を去った。
中身を読みたい衝動を抑えながら飛行機と列車を乗り継いで自宅へ戻り、風呂に入る時間も惜しくてベットに腰掛けて、まず本を開く。
それは牙狩り本部にも僅かな記録しか残っていない、
伝説とされる[ヴェドゴニャ]の一族に関する著書だった。
牙狩り本部に残っている記録にはない、詳細で膨大な歴史と、能力、そして血の宿命…
心臓が早鐘のように打っていた。
呼吸が苦しい、冷や汗がポタリと黄ばんだページに落ちた。
本に載っていた能力は、彼の力と酷似していた。
今度は巻物を手に取り、開く。
家系図だった。
紀元前の数字から、延々と伸びた線は、ピタリと一人の名前で途切れている。
A.D1877 アレクセイ
馬鹿な、と思わず声が漏れた。
これが全て真実で、この家系図の最後の一人が彼だと言うのなら、彼は…300年近い時を生きてきたという事になる。
その日は眠れなかった。
彼がどうして俺にだけ教えたのか
何故俺を拾ったのか
何故…何故…
そればかりが頭にリフレインする。
何時の間にか太陽が昇り、窓から朝日が差していた。
手元には開いたままの本と巻物と…ペンダント
[大切なものなんだ、お前が持っていてくれ]
別れた日の時のことを思い出す。
朝日を受けて金色に輝くペンダントは傷だらけで、古びていて尚、美しい形を保っている。
彼のようだと、思った。
そうだ、俺は彼と共にありたい
出来るなら、彼を守りたい
彼が何のために俺を拾い、育て、真実を教えたのかなんてどうでもいい。
やっとわかった
俺は彼を愛しているのだ
父として、母として、友人として
そしてそれを超えて、一人の人間として
自覚してみると、途端に頭がスッキリとした。
一晩寝ていないのが嘘のように心も体も軽かった。
少し寝たら、突然行方をくらましたことを相棒に謝りに行こう、クラウスはあれで心配性でもあるのだ。
そして二人で昼を食べたら、また次の仕事について話し合いをして、手合わせをお願いしよう。
彼に再会した時、今度は俺から
彼に手を差し出せるように