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再会は災難と共に
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「はぁあ〜癒される」
『大袈裟だな…今日は何にする?』
「ええとー…パストラミサンドで」
『了解…』
僕、レオナルド・ウォッチはあの後もこの店、カフェ[Seme felice]の存在を明かすことなく、週に一度の有意義なランチタイムを過ごしています。
テーブル席が5つと、カウンターのみの小さなお店で、料理の美味しさにいつもランチタイムは席が埋まってしまうけれど、週に一度のこの日。
アルさんは僕が来ることを覚えていてくれて、カウンターの席を取っておいてくれる。
ソニックに半分に切ったバナナを渡してキッチンへ向かうアルさんを眺めて、幸せを噛みしめる。
癒される…その一言につきる。
客も店員もヒューマーとビヨンドが混じっていて、ダイアンズダイナーや他の店とあまり違わないように見えるけれど。
ここは何て言うか…時間がゆったり流れているように感じられるのだ。
店にいる他の客も、同じように感じているのかゆったりと食事を楽しんでいる。
まるでここが、ヘルサレムズロットの中じゃないようにも思えてしまうような…隠れ家みたいなお店だと思う。
「美味いか?ソニック」
「キッ!」
アルさんに貰ったバナナに噛り付くソニックの様子に思わず笑みも綻ぶ。
少しだけ残念なのは、ミシェーラにこの店の料理を食べさせてやれないこと。
絶対に、[美味しい!信じらんない!]とか言って騒ぐに違いないなと想像して、また笑みが零れた。
『待たせたな…野菜の仕込みが切れてた』
「いえ全然!あれ?このポテトサラダは…」
『サービス、いつも贔屓にして貰ってるからな』
「ありがとうございますっ」
目の前に置かれた皿に乗っているサンドは今日も輝いている、こんがりと焼かれたバケット、新鮮でツヤツヤとした野菜、少し厚めにスライスされた燻製の香り高いパストラミ、隙間から覗くこの店オリジナルのハニーマスタード…
匂いだけで涎がジュワッと口の中に溢れて来るのを感じながら、半分にカットされたそれを手に取る。
「では…いただきー
『ーレオ』
「まゔぐぇっ!?」
ドガシャアアアアンッッ!!
サンドを口に頬張ろうとした瞬間、アルさんに投げ飛ばされた。
壁に叩きつけられるまで、店だった瓦礫とガラスが飛び交い誰かの影が何かに飲み込まれたのを神々の義眼で捉えてしまった。
「ーぐはっ!!…っ…ぁ…」
「ギシャアアアアアア…!」
目の前で魚型の異界生物が、ギョロリと四つの目をあちこちに動かしている。口の外まで突き出した牙は鋭くぎらりと光り、どんなものでも噛み砕いてしまいそうだった。そしてその牙に引っかかる黒い布を見て、さっき義眼で捉えた光景を思い出して血の気が引く。
「あ、あれ…」
あれは、アルさんのエプロン
「キー!キーッ!」
ソニックが必死になって僕を引っ張ってる。
わかってる、逃げなきゃ死ぬ、わかってるけど!
友達が、目の前で食われたんだ、僕を助けて…
逃げなきゃダメだってわかってるけどっ
「ー[斗流血法!刃身の参拾六 月輪剣!]」
「ギョワァァッ!?」
赤い輪が怪魚の身体に当たるが、鱗が硬過ぎるのかキィンと高い音を立てて弾かれてしまった。
赤い輪が飛んできた方に、怒りに目を真っ赤にした怪魚の四つの目と、僕の目が向く。
三叉槍を手に持つ、よく見知った人物がそこにいた。
「ツェッドさんっ…」
「レオ君っ!早く逃げてくださいっ!」
「でもっ!でもっ…友達がっアイツの腹のなかに!」
「何ですって!?」
逃げたくても、逃げるなんて出来ない。
僕に優しくしてくれて、助けてくれたアルさんをあの魚の腹のなかに置いてここから逃げるなんて。
足は竦んでいないのに、どうしても動かせない。
「バァカかおめぇは!!残念だが諦めろ!」
「でもっ!」
突然ザップさんに空から救出され、店から少し離れた通りに降ろされ辺りを見ると、いつものライブラのメンバーが揃っていた。
「レオナルド君、無事でよかった」
「全く、異界交配生物の更なる改良なんて傍迷惑な事するもんだ…」
「クラウスさん!スティーブンさんっ!」
自分に神々の義眼があることを忘れて、トップの二人に駆け寄る。
「僕の友達が!アイツの腹のなかに!」
「何?」
「こりゃ大急ぎで片付けないとだー
「グギ?グゴ、オ、オ、オッ!?」
「なんだぁ?アイツ…一人で踊ってやがらぁ」
「苦しんでるようにも見えますが…」
前線二人の声に、バッと振り向く。
店の瓦礫を更に崩しながら、怪魚はグネグネとくねりながら声を漏らしている。
身体を変体させる気なのか、新たな攻撃の準備か、対処の判断を測りかねて皆の動きが止まり、緊張が走る。
「ーグカッ…」
「何だ?」
小さく怪魚が鳴いて、動きがピタリと止まった。
その瞬間
ービシッ、ビシッ、ビシッ! バガァッ!
ザァァアアアッ!
壁にヒビが入るような音と共に、怪魚が三つに割れて、血の飛沫が辺りに雨のように降り注いだ。
『…全く…魚は大人しく水の中泳いでればいいものを』
「あ……」
割れた魚の中心で、長大な刀を握る人影。
「あ……アルさんっ!!」
『無事だったか』
怪魚の血で、頭から爪先まで赤紫になっているアルさんに駆け寄った。
「あの、俺っ…俺…」
咄嗟に駆け寄ったものの、
どうしたらいいか分からなかった。
助けたかったのに、何も出来なかった。
すみません、ありがとう、ごめんなさい
色んな言葉が渦巻いて…
上手く言えなくて…強く、拳を握りしめる。
『落ち着け』
ーガスッ
「がっ!?」
脳天に炸裂したアルさんのチョップに、渦巻いてたものが空気が抜けるように消えて、代わりに頭に響く痛みに悶えていると、アルさんは赤紫の血を手で拭い始める。
拭われて露わになるアルさんの容姿に、思わず問いかけた。
「あ、れ…?アルさん…ですよね?」
赤紫が拭われた髪は白金でストレート、瞳も僕がよくみていた茶色ではなく青銀をしている。
顔のパーツはそのままで、色や特徴が違うだけなのに…全くの別人に見えた。
『ああ、あれは変装…こっちが天然だ』
「そ、そうなんですか…」
よく知った癖毛のブルネットのアルさんよりも、近寄りがたい雰囲気でなんとなく一歩引いてしまった。けど不思議とホッとする。
「そんな簡単にバラしていいものなんです?」
『レオなら平気だろう』
信用してくれてるその言葉が嬉しくて、擽ったくて
さっきまでの混乱やら申し訳なさが嘘のように落ち着いてしまった。
ザッ…
背後の靴音に振り返ると、スティーブンさんが目を見開いて立っていた。
「?スティーブンさん?どうかしたんですか?」
問いかけるが、答えもなく。
黙ったままアルさんに近づいていく
何をする気なのだろう、まさか攻撃するなんてと僕は気を張った。
けれど
「……19年、19年だ…」
『ああ…そうだな……久し振りだな、アラン』
僕も、他のライブラの皆も、驚いて固まった。
スティーブンさんが、アルさんに抱きついていたのだから。
一体どういうことなのか、頭が真っ白だ。
兎に角わかるのは二人は親密な仲だろうということくらい…助けを求めるように周りを見ても、ここにいる全員が同じ考えなのか。皆同じように驚きの顔をしていた。
「ちょ…い、一体なんなんだよっアレッ!」
「おお俺に聞かれても分からないっすよ!!」
ザップさんに引っ張られてガックガックと揺さぶられるが、僕だってパニックだ。未だにスティーブンさんはアルさんに抱きついていて、アルさんはスティーブンさんの背中をポンポンと叩いている。
ついに途方にくれた僕達二人は、我らがリーダーに縋るような視線を向けた。
「うむ……あー失礼だが…よろしいかな」
『ああ、悪い…アラン…』
「ああ…」
クラウスさんの声でようやく離れる二人にザップさんと二人でガッツポーズをする、ようやく気まずい雰囲気から脱した!と状況を動かしてくれた我らがリーダーに尊敬の眼差しを送った。
が
「お久しぶりです、ミスター…」
『ああ、久しぶりだなクラウス…君とは12年ぶりか』
「えっ!?君達知り合いなのか!?何だそれ僕は聞いてないぞっ!?」
クラウスさんも謎を呼ぶ仲間だった…
「一体何なんすかっ!?帰っていいすか!?つーか帰るわっ!!」
ザップさんの悲鳴じみた声が響いて耳がいたい。
全て放り出して逃げ出そうとしたザップさんの首根っこをツェッドさんがひっ掴み、阻止するのを見て溜息を吐く。
「は・な・せっ葛餅ぃいいい!」
「お三方…兎に角事務所に戻りましょう…ポリスが来てしまいます」
「ああ、そうしよう」
「はぁなせぇえ!!魚類ぃいい!」
「煩いクソ猿っ!!」
「ーグギュッ!」
色々な疲労感でグッタリとしながら、空気の読めるツェッドさんのおかげでHLPDと鉢合わせることなく。
怪魚の血塗れのままの僕達は、一先ず事務所に戻ることになった。