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渦巻く気持ち
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目の前で起こってることに、らしくなく理解が追いつかない。
アルが女性を助けたら、女性はかつて大崩落の時に彼に助けてもらったのだという。
ずっと彼を探していたとも…
そこまでは良かった。
彼は昔からしていたように、やんわりと誘いを断るだろうと思っていた。
なのに
『…俺は、いつでも構わないが』
「!!じゃ、じゃあ1ブロック先のレストランで今からでも!」
女性の誘いを断るどころか、約束をしてしまっている。
「ほら!シャキッとしなさい!だらし無いわね!」
「っ!!」
唐突にK.Kに背中を叩かれて軽くむせる、乱れた息を整えながら恨めしげにK.Kを見るとニヤニヤした顔があった。
「アンタアルっちの息子なんだからサポートしなさいよー?それに…ママが出来るチャンスかもよ?」
「はぁ!?ちょ、K.K!?」
「じゃ、アタシ時間だから、お先♡」
素早くバイクに跨り去って行ってしまったK.Kに小さく舌打ちをする。
ママだって?冗談じゃない!!
今までもこれからも、彼は結婚なんてしないものだと思っていたし、実際彼だってそんな事一言も口にしなかった。だからって結婚願望がないとは言い切れないし、それを俺が止めることなんて出来やしない…
けれど…
ドロドロと煮えたぎった感情が湧き上がってくる。
渡したくない、あんな女に…
いや、誰にだって渡したくない。
例え相手が親友であり相棒のクラウスだったとしてもだ。
ギリ、と奥歯の鳴る音がする。
高ぶる感情に、無意識に凍らせた地面がパキリと音を立てた。
これは嫉妬だ、独占欲とエゴに塗れた、汚い感情。
俺がアルの恋愛関係に口を出すべきじゃない、出すとしても[息子として]しか出せない。
わかってる、わかっているが…
改めて、俺はアル…
否、アレクセイの事を愛しているのだと…
どうしようもなく執着してるのだと理解した。
「…スティーブン、落ち着きたまえ」
「俺は落ち着いてるよ……さて、後の処理はHLPDに任せよう」
察したクラウスの手が肩に乗るのを感じて、ヘラリと笑ってみせた。作り顔と作り声は慣れたものだが、心は荒れ狂っていた。
アルの方は見ることが出来ずに、俺はそのままクラウスと共に事務所に戻った。
キィ…
夕方になって、事務所のドアが開く。
書類から目を離して顔を上げると、あのまま女性と食事に行ってきたアルがそこに居た。
「おかえり、楽しかったかい?」
『まぁな…』
「彼女美人だったな、大崩落の時に助けたんだって?」
『ああ…』
「いやぁしかし、アルが大崩落の時の[天使]だったとはね、吃驚だよ。しかし役得ってやつだな、彼女嬉しそうだったし心底君にー
『アラン…何怒ってるんだ?』
「……そう、見えるか?」
声の抑揚や表情にも気を付けていたのに、彼にはこんなにも簡単に見抜かれてしまう…
参ったな…困るところなのに、嬉しいだなんて。
『お前がやに饒舌な時は何かにイラついてるか機嫌が良い時のどっちかだ』
「…参ったな」
何でもなさげに言われて、何気なく逸らしていた顔をアルに向ける。
いつも見慣れた彼のポーカーフェイスが、今は嫌にイラついた。
「珍しいじゃないか…君が女性の誘いに乗るなんて」
『随分必死そうだったしな…あの言葉に他意はないだろうと思った』
「他意はないと思った…だって?」
この人は、自分がいかに美形でモテるのか分かっているのだろうか…いや、わかっていたはずだ。
なのにこの言葉…無自覚天然な人間が言うような事を彼から聞くと思わなかった。
「君は、彼女が君を食事に誘ったのにそれ以上の意味はないって思うのか?」
イライラする、バサリと書類をデスクに叩きつけるようにおいて彼にゆっくりと近寄る。
胸は凍えるようなのに、頭だけ嫉妬で熱い。
『…アラン?』
「彼女は明らかに君とお近づきになりたいって見え見えだったのに…それが分からなかった?」
可哀想に、と息がかかる程至近距離でつぶやく
嫉妬で頭をかきむしりたくなりながらも、食事に誘った真意に気付いてもらえなかった女が憐れで、同時にざまぁみろとも思う。
驚きと動揺に見開かれる彼の綺麗な青銀に、独占欲が少し満たされる。
こんな顔をみれるのは、俺だけなのだから。
そっと、アルの耳から顎のラインを指でなぞる
滑らかな肌を楽しみながら、細い顎を捉えた。
「じゃあ…この位しないと…君は気づかないのかな?」
『アラー
俺の名前を呼びかけた薄い唇に、自分の唇を重ねる。
抵抗がないのをいいことに、半開きになったままの唇の隙間から舌を滑り込ませ、驚きに逃げる彼の舌を追う。
『ッ…ん、ンッ!』
「ふ…っ」
苦しげにくぐもった彼の声に背筋がゾクゾクする。
月の化身のような冷ややかな彼の、思いの外熱い唇に、舌に夢中になる。
蹴り飛ばすなりすればいいのに、彼の脚は立ち尽くしたまま重心すら移動せず。手は俺を押し返そうとしたのか胸に押し付けられたままで…
その両手首を俺がとっても、振り払うことすらしない…殴ったっていいのに、それをしない。
だが、その優しさが俺を更に煽る。
歯列をなぞり、舌の付け根を舐めて、強く舌を吸い上げてから唇をようやく離すと、つぅ、と糸が唇と唇を繋いだ。
『っは!はぁっ…はっ』
「流石に……わかるだろ?」
濡れた口元を拭い、口の中に残る彼の唾液をコクリと飲み込んで真剣な顔で彼を見つめる。
彼は口元を唾液に濡らしたまま、驚きの表情で固まっていた。
「アル…」
ガタッ…
名前を呼ぶと、彼は弾けるように肩を揺らしてから、逃げるようにスルリとドアを開けて出て行ってしまった。
パタリと閉じるドアの音を合図に、一気に冷静さが戻ってきて…頭から血の気が引く。
ああ…やってしまった。
その場に立ったまま、自分のした事に愕然とする。
「……焦りすぎは禁物で御座いますよ」
「ギルベルトさん…」
奥の部屋から様子を見ていたのか、ギルベルトさんが顔を出した…いつから見られていたのだろうか。
俺としたことが、周りが見えなくなっていた。
「…嫌われ…ましたかね」
「アレクセイ様に限って、それはないかと…ましてや、貴方がお相手です」
「そうだといいんですけど…」
ギルベルトさんの言葉はいつも信憑性がある、とはいえ…この時ばかりは不安が拭えない。
養父に恋をしてるなんて、普通なら引かれる。
「これは私の主観で御座いますが…アレクセイ様はスターフェイズ氏と一緒にいらっしゃる時、随分リラックスしているように見受けられます」
「…息子だからじゃないですかね」
「さて……そうでしょうか」
確実に否定も肯定もしないギルベルトさんの言葉に、深い溜息を吐いた。明日からどんな風に接したらいいのだろうか…あからさまに避けられたら、立ち直れる気がしない。
「しかし流石のアレクセイ様もご理解なさったでしょう」
「そりゃ…まぁ…」
遅かれ早かれ、いつか気持ちを伝える気ではあった。
ただこんな強引にするつもりはなかったのだが…
「アレクセイ様には時間が必要で御座います。少し距離を置くのも、また良いかと…」
「……そうします」
ギルベルトさんの助言通り、少しだけ距離を置いてみようと憂鬱になりながら決心して、デスクの椅子にどかりと座り込んだ。
絶対、真っ先にK.Kに気付かれる。
なんて言い逃げしようかも考えながら、ギルベルトさんが淹れてくれた珈琲に口をつけた。