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はじめまして
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あれから顔の熱が引くのを待つこともなくスティーブンの車に乗り込み、彼の住む高級マンションへと行く事になった。
「どうぞ」
そう言って助手席のドアを開かれた時は死ぬほど恥ずかしかった。
全くどうしてあの素直で可愛らしい子が、こんなキザ男になってしまったのだろうか…
絶対私のせいじゃない……筈である。
ボストンバッグを片手に、スティーブンについていく形でお洒落なエントランスを通り、高そうなエレベーターに乗る。
この間終始無言だが、心なしかスティーブンの背中がウキウキしてるように感じられるのは気のせいではないだろう。
ーポーン…
軽やかな音と共にエレベーターのドアが開き、スキップし出しそうな足取りで(実際は普通に歩いているが私にはそう見える)自分の部屋に向かい鍵を開けるスティーブンを見つめながら『やっぱり早まったか』と少し後悔した。
ガチャ…
「あら、おかえりなさいませ旦那様、お客様ですか?」
ドアを開いてリビングに向かうと、明るい声と共にムー○ンのような癒しフォルムに赤黒模様の肌をした異世界人が顔を覗かせた。
スティーブン好きなら誰でもご存知、スティーブン宅の異世界人家政婦ヴェデットさんである。
穏やかに問いかける姿はまさにお母さん…癒される。
「ただいまヴェデット、この人は僕の恋人のアレクセイだ、仲良くしてくれ」
『あっ…』
ーしまった和んでるうちに!
くっそ恥ずかしい!横顔からでもドヤ顔してんのがわかる!
フッ…ならば話を逸らすまでよ…
「あらまぁまぁ、私は家政婦のヴェデット申します。」
『はじめまして…いつもアランがお世話になっているようで…』
「いえいえ、こちらこそ旦那様には良くして頂いてます。」
『あいつは几帳面に見えてズボラな所があるから、ヴェデットさんに余計なお仕事させてないですか?』
「いえそんなことありませんよぉ、例えそうだとしてもそれが私の仕事ですから」
『ヴェデットさんみたいな人が居てくれて助かりました』
「まぁお上手ですこと」
ウフフ、あはは…
授業参観にきた仲がいい奥様的な会話に花が咲く、K.Kとはまた違った溢れる優しさの中に芯の強さがある癒しタイプのお母さん、といった感じだ。
ああ癒される…
「ーンンッ!」
大盛り上がりで会話していると、途端にぞくりと悪寒が走る。
『あ、ああすまんアラン…』
完全放置していたのを忘れていた。
ちらりと後ろを振り向き、真っ黒なオーラを向けてくる笑顔のスティーブンにゾッとして、流石に素直に謝っておくことにした。
…だって今にも技ぶっ放しそうなんですもの。
お前ヴェデットさんや世間一般には「サラリーマン」で通ってるんちゃうんかい。
「あら、お邪魔してしまいましたね…私はそろそろ上がらせていただきますので」
『いえ、俺こそ時間を取らせてしまいました』
どうぞごゆっくり、と笑うヴェデットさんに微笑んでお礼を述べて玄関まで見送りに行く
その間スティーブンは不満そうに黙ったまま…
子どものように抗議の視線を送ってきているので、アイコンタクトで待つように言っておく。
無事に見送りくらいさせんしゃい!
『お気をつけて…』
パタン
「……アル?」
『……』
やだわぁなんか後ろから冷気が流れてくる、エアコン壊れたのかしらぁ??
恐る恐る振り向くと、満面の笑みを浮かべたスティーブン…
やだこわぁい。
『そんなに怒ることないだろう…お前の手伝いをしてくれてた人と話すのの何が悪い』
私は悪くない、とドヤ顔でヴェデットさんの興味を多少逸らしたことを誤魔化す。
「はぁ…まぁいいさ…それより夕飯にしよう」
子供のこねた駄々に譲歩する大人みたいな態度がムカつくが追求されなかったので良しとする。
頷いてキッチンで冷蔵庫を開けるスティーブンを伺う
『ヴェデットさんが用意してくれた奴か?』
まさかあのローストビーフだろうか、と少しウキウキするのは仕方ない、アニメで『ヴェデットのローストビーフがないとはじまらない』とまでスティーブンに言わしめたものなのである。
「そうだな、俺が作ってもよかったけど…それはまた今度」
残念、とわざとらしく肩をすくめる姿に笑って、持っていたボストンバッグをようやくソファーの横へと下ろした。
『しかし本当にいい部屋だな』
キョロキョロとあたりを見回して、間取りや家具を品定めする。リビングは28畳くらいあるな…寝室は奥だからわからないがきっと広いだろう。
家具も質のいいブランドばかりだ。
出世したなぁ…あんな小さな子供が…
出会いたての不安に満ちた目で見上げるスティーブン少年の姿を思い浮かべ、しんみりとしてしまった。
「誰かさんが会いにきてくれない間頑張りましたよ」
『嫌味か?』
やんのかコラ、と冗談混じりに目を細めると、スティーブンは無言のままに再度肩をすくめてみせながら皿に夕食を盛り付けていく。
『まぁ、お前なら大丈夫だと思ってたさ』
私設組織持ってるくらいだもんねー?
お金はそりゃあるでしょうよ、強さに関しては全く心配してないし?
「そりゃ嬉しいね」
美しく盛り付けていくスティーブンの器用さに感心しながら、昔のフランスでの修行時代を思い出す。
『昔は俺が盛り付けるまでお前が待つ側だったのにな』
少ししんみりした空気を、今はお前の方が金持ちだなぁ、なんて笑って誤魔化して。盛り付けられた皿を受け取る。
「そうだな…今なら君に何だってしてあげられるさ」
頂きます、と手を合わせた所で。目の前のスティーブンが穏やかに笑いながら口にした台詞に、思わずフォークを落としそうになった。
拝啓
お父様お母様、お祖父様。
息子は私が思ったよりも強者に育っておりました。
今夜、貞操を守れるか心配です。