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over my head〈ちな〉
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つい先日、
偶然再会した絹。
盛り上がったライブハウスで
わたしが止めるのもスルーして
どんどん前に攻めた挙げ句、
派手にダイブしてきた男の下敷きになって
ぺしゃん、と潰れた絹。
送る申し出は断られて
すごく心配しながらタクシーに乗せた。
……からの、本日だ。
なにしろ
突然再会→大音量→転倒→タクシー、で
全然つもる話もできてない。
更に
千秋楽→宴会→諸々仕事で
LINE交換したのに
気のきいた連絡もできなかった。
つまり
今日は大事な夕食だ。
「ちなつ最近は?」
「あ。いや。職場で異動があって」
…いいのかな、この話題で……。
「?不安?不満?」
「んー。もともと居た所だから
不安とかじゃないんだけど」
「ん」
「いままでの仲間とすごく…
充実してたから寂しいな、って」
「そう思えるところに居たのは素敵ね」
「うん……」
絹は、
軽い調子で喋る癖があるけど
ふとしたときに
隠しようもない知的な女の子だった。
……変わらないね。
よし、聞こう。
「絹、あの…、独身?」
「なに。ちなつ、婚活してんの?」
「え?!いや、そんなんじゃなくって」
「んー。まとめてぎゅっと説明するね。
バツイチで息子が居る~♪しかも9歳。
六本木の外資の会社で働いてる。
もう、二度と結婚なんかしない~!以上!」
「……え……」
さゆみさんに…「まぁ、せいぜい頑張れよ」って
最大級のエールをもらったばかり。
ふてぶてしく成長した筈のわたしが
ここで退いてはならない…。
全力で正々堂々と!
……いやもう、手段は問わないかな。
男役モードの力を借りよう。
仕方ない。
「…いろいろ、あったんだね」
「あった!でも終わったし!」
「息子さん、今晩は留守番?」
「んー。ゴールデンウィークでね、
サッカーの合宿♪」
「お母さんなんて信じられない絹、
綺麗な、お姉さんみたいなママだね」
「なにいってんのー!ちなつ!
綺麗なのはちなつよー!」
「で。いま、好きなひと居ないの?」
「…………」
え。あれ。
……黙った……。なんで?
竹を割ったような性格の絹が
即答じゃないなんて
調子狂う。
話題を変えるべき?
「ね、じゃー、
息子さんの名前は?……って!
わ。絹!?まって、
まってっ。
それストレートだよ?!
強すぎるってば」
ロックにするための焼酎を
水を飲むかのように
あけてしまった絹……。
「……お水じゃなかったぁ。透明なのに」
「もー!ほんとに無茶ばっかりっ、
大丈夫?」
「あったりまえよぅ!」
「絹、お水のんで、ほら」
「そっちの水がいい!」
「これは焼酎だよ」
なんてことだ。
完全に酔ってるよ、絹。
お会計を済ませて
一緒にタクシーに乗る。
「住所は……?」
「んー、ぅ?あっち……」
あっちじゃわかんないよ、絹。
そのとき
革の手帳がばっさり鞄から落ちて
可愛い男の子の写真が
ひらり、と出てきた。
マジックで
〈千奈津、3歳〉
ちなつ……。
え。
え?
ちなつ?