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I'm With You〈you〉
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ちなつ。
夏が来るまえ
夢のように
このソファーで抱かれた。
「また、来ていいかなぁ?」
いつもの、ふんわり口調だったけど
ほんの僅か不安そうに彼女は聞いた。
「もちろん」
あの朝、わたしはちなつに、確かにそう答えた。
ちなつは振り返り
安心したように、笑った。
でも、もう
季節が変わった。
あれから1度も、ちなつと会っていない。
いちど横浜から大量のお菓子が送られてきたけど。
いま一人で眺める窓の外は
台風のせいで横殴りの大雨。
テレビをつけると
警報の文字が赤く点灯している。
…生きた心地がしない。
ここ六本木の
高層マンションに居る限り
屋根が飛んだりは、しないわけだけれど。
…でも千葉の実家は…
息子は祖父と祖母に懐いていて、
三連休をいいことに、
きのう、泊まりに行った。
行かせなければよかった。
テレビの中継は
冠水、竜巻、行方不明。
どれだけたくさんのひとが
不安の中にいるんだろう。
先月大きな台風が来たばかりなのに
イノチヲマモルコウドウヲ
テレビから流れる呪文のようなアナウンスに、
説明できない不安に襲われる。
いま、わたしにできることは、
なにもないのに。
テレビを消そう。
嵐の夜、世界にひとりきり。
そんな気持ちになる。
実際その通り、なのかもね。
お酒をのみたい。
携帯が光った。
通話ボタンに触れる。
「絹」
「……ちなつ?!」
びっくりした。
「台風がきてるでしょ、大丈夫?」
「自宅にいるから大丈夫!」
「ひとり?息子さんは?」
「連休で実家に遊びに…
でも、さっき連絡がきたの。
雨の音が酷いけど平気みたい。
ちなつこそ、実家は?」
「うん、なんとか平気だって」
「よかった」
「絹は?」
「え?」
「心細いかと思って。いますぐ、
そばにいきたいけど関西なの」
「…」
「絹のこと、毎日思い出してる」
何ヵ月も会わずに、それはないだろう。
なんだか泣けてきた。
「ちなつのバカ」
「ごめん」
「あやまんないでよ。バカ」
「絹、泣かないで。お手紙、出すから読んで。
あと…。あの…12月に千夏君に会いたい」
「は?!いま10月なの知ってる?」
「うん。だからもうすぐ…」
お手紙…?もうすぐ…?
ちなつの声のトーンで
わたしは自分が
長い時間放って置かれたのではない、ということが
不意にわかった。
そうか。
ちなつはたぶん、
わたしとは違う時間を生きてる。
「絹、テレビ消して、
ゆっくりお風呂に入ってお休み。
絹のこと、いつも考えてる。
わたしのこと、忘れないで」
「…手紙を書くの?」
いま2019年なのに。
「うん!書く」
迷わず答えるちなつ。
「わかった、まってる」
「おやすみ絹」
電話を切って、窓に映るじぶんが
すこし笑っているのに気付く。
全然、ひとりぼっちなんかじゃない。
ふしぎでハンサムなちなつが
心配して電話してくれた。
お手紙も書くらしい。
ちなつ。
どうもありがとう。