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エンカウンターな僕ら
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忘れもしない、あの雨の夜。
あの日は空が怒り狂ったように雨を降らしていた。
昼過ぎにも関わらず人通りは少ない。
所々錆びたビニール傘を持って、俺は神楽から頼まれた酢昆布を買い、帰り道を歩いていた。
ふと視界の端に見慣れない何かを見た気がした俺はそっちに目を向けた。
ゴミや野良猫、カラスなんかじゃない。
俺が捨てたジャンプでもなかった。
例えるならババアが次郎長に斬られ、墓石に寄りかかっているような。そう、人間だった。
泥水で服や肌は汚れ、髪もグシャグシャに濡れている。
膝を抱え、虚ろな瞳でただ俯いていた。
「おい、大丈夫か」
「……」
濡れた前髪の隙間から俺を見つめる女は長い間雨に打たれたせいか、唇を震わせていた。
「何があったのか知んねーけどよ、あのーあれだよオメー。人生山あり谷ありって言うだろ?だから、「た…すけ、て」
重たくどんよりした空気をごまかす為におちゃらけてみせたが、女は目を見開いて、雨なのか涙なのかわかんねぇが、顔を濡らしていたのを今でも覚えている。
そいつ、ななしはかぶき町に来るまでの記憶がなかった。
唯一覚えていたのは、自分の名前だけだった。