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紡ぐ
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あなたの指先から紡がれる、私にとっての最高の時間
彼は医学書を読んでいた。
私は彼を眺めていた。
お昼ご飯が終わって、おやつの時間までのいつも通りの時間…すごく幸せな時間…
ふと沈黙を破ったのは彼だった。
「楽しいか?」
え?と返事をした。
「俺を眺めてて楽しいか?」
「勿論楽しいよ!」
はあ、と彼はため息をついてまた医学書に目を戻した。
彼の読む本、きれいな爪も指先もタトゥーも…全部眺めてるだけで幸せだった。
ぱらり、と彼が本をめくる。
彼を眺める日課を始めたのは2ヶ月くらい前
本当は彼にお近付きになりたくて始めた。
医学の勉強という目的で…。
最初は一緒になって本を読んでいた。私は勿論初心者用の簡単なものや応急処置などの本だけど。
でも正直、あなたがそばに居るとドキドキして全然集中出来なくて…
いっそのこと本読むのは辞めちゃって
眺めることに徹底した。
おやつの時間まであと少し…
おやつの時間が終わると私はクルーたちの手伝いや、夕食の支度の手伝いをする。
彼はクルーが怪我していれば診察するし、今後の航海のルートとか…船長がやらなきゃいけないことが沢山ある。
ぱらり、と彼が本をめくる。
本を見つめる真剣な目も、その下にあるちょっとした隈も、ちょっと特徴的なおヒゲも、全部大好き。
こんな感じだから、きっと彼は私の気持ちに気づいてるだろう。
それに応えないのは私がちゃんと告白しないからか…それとも『クルー』という立場を壊したくないからか…
だからこそ私はこの距離感が好きだった。
「ヨウ」
彼が私の名前を読んだ。
「なあに」
私は返事をした。
彼は指先を本から離した。
そっと私の頭に指先が触れる…。
…なでなで
頭を撫でられた。
「え、どうしたの」
こんなこと初めてだったから、すごく驚いた。
「…なんとなく」
そう答えると彼はまた本に目を戻して、
ぱらり、と本をめくる。
驚いたけれど、とっても嬉しかった。
気の所為だろうけど彼の指先がとってもあったかく感じた。
ふわりとした感触がすごく甘く感じた。
「ヨウ、行くぞ」
しおりを挟んで、ぱたんと本を閉じた彼はちょっとぶっきらぼうな、いつもの調子で言った。
「うん」
おやつの時間だ。
明日また、この部屋で
あなたの指先から紡がれる数々の思い出が増えますように。
おわり