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中学時代
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憎かった。全てが憎かった。
劈く悲鳴、響き渡る怒声、鈍い筒音、下品な笑い声、血の海と冷えていく体温。
そこは地獄のような場所だった。母は私と弟を守って死んだ。父はヴィランの個性で目の前で内側から弾けるように爆発して死んだ。四方八方に飛び散る血と肉片をバケツを引っくり返したかのように浴びた。4つ上の兄も死んだ。毒に侵されてもがき苦しむ様に死んでいった。目が飛び出ていた。弟は恐怖で畏縮していた。ガチガチと奥歯を鳴らせて私の腕が真っ青になるくらい強く握っていたのに気づいたら隣から消えて後ろの壁に頭からめり込んでいた。
味方はいない。父が仲間のヒーローに応援要請をしたというのに1時間経っても誰1人来てはくれなかった。なのに父は「大丈夫だ」と言って死んだ。
嘘つき。嘘つきだ。信じられない。信じられる人なんて居ない。
誰も、いない。
心の底から溢れ出す憎悪に理性を食いちぎられてそこからの記憶は無い。気づいたら私は弟と共に病院にいたから。
「朝のHRの時間だ。お前達席に着けー」
学校内中に響き渡るチャイムと同時に男性教師が教室に入って行き、教卓に出席簿を置く。ガタガタと音を発てつつ生徒が席に着いても声は一向に静まらない。そんな様子を教師の隣で眺めていた。
おじさんの職業柄、色んな土地を転々と過ごしてきたがどこの学校も大体同じものだと思いながら視線を滑らせていると赤と白のツートーンヘアーに目に止まった。
色んな髪型色んな髪色を見てきたけどキッチリド真ん中で別れているのは初めて見た。よく見ると目の色も違う。ただ左目周辺の火傷跡が痛々しい。
頬杖をつき、こちらには一切興味無さげな態度で外の景色を眺める彼だけが周りの空間から切り離されているように見えて、ボーッと眺めていたら不意にも目が合った。
「昨日言ったと思うが転校生だ。親の仕事柄転々としていたようで九州の方から越してきた黒冷だ。残りの中学校生活1年と半年、皆仲良くな。黒冷」
「……黒冷焔。宜しくお願いします」
*****
轟side
気だるそうな声が教室を駆け巡った。黒から紫、ピンク色のグラデーションが掛かったショートヘアに光を通さない真っ黒な眼。ピクリとも動かない表情。転校生に抱いた第一印象は、闇を擬人化したような人だと思った。
「黒冷の席は轟の後ろな。あそこの赤と白のやつ」
「分かりました」
俺の後ろか。朝来た時には昨日までなかった席が増えていたことを思い出しながら音を発てずに席に着いた黒冷を横目に見る。
ぱちっと目が合うと「黒冷焔。よろしく」と言われて反射的に「轟焦凍だ」と返した。
担任が今日の予定を語っているのを聞き流してHRが終わると後ろの席には人集りが出来上がった。転校生イベントが出現する度に見られる光景だ。邪魔くせえの思いながらも動いたら負な気がして耐えることにした。
「黒冷さん九州のどこから来たの!?」
「熊本らへん」
「黒冷さん彼氏いる?」
「いない」
「連絡先交換しない?」
「スマホ家に忘れたから無理」
「焔ちゃんって呼んでもいい?」
「好きにしていいよ」
「黒冷さんの個性ってなに?」
「無個性」
間も開けることなく即答で応えたその一瞬で教室中が静かになった。「無個性かよ」「ただの雑魚じゃん」「無個性とか逆にすげぇ」「無個性の奴初めて見た」「可哀想に」「興味無くなったわー」なんて勝手なことを言い放って人集りは瞬く間に消えていき、ハァ…と溜め息。それから「めんどくせえ」の小さな小言。
鞄から教材を取り出すような音を聞きて好奇心で振り向き「1時間目は国語だぞ」と声をかけると表情は動いていないのにキョトンとしたように見えた。
「そうなの?ありがとう」
「ああ」
再び動き出した黒冷を少しだけ見つめてから前を向く。意外とこいつ口悪いんだな、という言葉は心に留めて。
*****
黒冷side
転校してから早半年。春の時期に突入して3年生になった。やはり学校生活はどこも変わらない。転校初日に集まる好奇心、次に無関心を顕にした目。
執拗い人集りを崩すには「無個性」という言葉は私にとって魔法そのものだった。むしろ「無個性」という名の「個性」なのではないかと思ってしまうくらいに。
転校初日、黒冷焔は「無個性」だと噂が広まった。無個性だという人間が気になるのか、転校生が気になるのかは知らないが歩けば周囲の目を集めるものの話し掛けてくる人はいなかった。生憎、前の学校より素行は良いらしい。「オイお前無個性の雑魚なんだってェ〜?」と鼻で笑って馬鹿丸出しで突っかかってくる不良と呼ばれるクズが存在しないからだ。
ああ、でも。
今まで無かったことがこの学校では起きている。
轟焦凍。第一印象は珍しい奴。偶然にも前の席であまり関わろうとも話そうとも思っていなかったのにあっちから話し掛けてくることが多かった。クールなのかと思ったら意外にも喋りやすい奴で私が無個性なのを気にしない態度を取る男だ。
喋ってて知ったことと言えば、天然。第二印象も「天然」。これに限る。1人にしたら詐欺に会いそう。宗教勧誘とかに出会ったら連れて行かれそうだなぁと…………いや流石にないか。
轟と良くあることと言えば授業中、頻繁に後ろを振り向いてくる。ノートとシャーペン付きで。
「黒冷、ここ分かんねえ。教えてくれ」
「前向け。今丁度その問題やってるでしょ」
「でも分かんねえ」
「先生半泣きしてるんだけど」
「知るか」
私がお前にそう言ってやりたいよ。
またある時は
「選択体育、黒冷はどれにするんだ?」
「んー……なんでもいいや」
「じゃあ、バスケな」
「分かった。サッカー行くね」
「なら俺もサッカーにする」
「なんで」
またある時は
「放課後暇か?」
「暇じゃない」
「暇なんだな。丁度本屋に行こうと思ってたんだ。一緒に来てくれ」
「暇じゃねえっつってんだろ」
「ついでに勉強も教えてくれ」
「話聞けよ」
なんで私なのさと本気で思った。授業中に一対一で勉強を教え、休み時間は構うのに全てを消費し、昼休みは屋上ランチ、放課後は強制連行で本屋か図書館もしくはどこかの飲食店に入ってのんびりとした時間を過ごしている。
そんなこんなで担任に今の現状を知られて職員室に呼び出しを食い、感謝されたことが印象ついている。
私が転校してくるまで轟はずっと1人だったそうだ。不良とまではいかないがスカした顔して周りを無視ったりする態度が先輩達から嫌われ、売られた喧嘩は買っていたと聞いた。それこそ保護者を呼ぶ程度の大事ではないがそれなりにやることはやっていたらしい。そこで聞いた父親の話、No.2ヒーローエンデヴァーを親に持つのだという。心底どうでもよかった。
この教師はエンデヴァーの顔色を見ながら過ごしていたのだろう。感謝の色を隠さない顔で語った。ヒーローの息子だという彼に同情を覚えた1日だった。
「黒冷」
過去の記憶に浸かっているとポンッと肩を叩かれたので振り向くとどこか嬉しそうな雰囲気を醸し出した轟と昇降口前で会った。
「おはよう」
「おはよう。で?」
「クラス割、見たか?」
「まだ」
「同じクラスだったぞ」
「マジか」
「マジだ」
「今年も宜しくな」と薄ら笑顔の轟に軽くときめいた。イケメンは罪だ。
「で。放課後暇だろ?」
「決定づけるな」
「蕎麦が食いたい」
「またかよ。ほんと好きだね」
放課後ランチは蕎麦屋で決定だなコレ。
*****
轟side
朝っぱらから糞親父の稽古を受けて最悪だ。思いきり鳩尾を殴られて朝食ったもんを全てを吐き出した。
『そんな程度じゃオールマイトを越えることなんてできんぞ焦凍ォオ!!』
稽古中の言葉を思い出して頭に血が登る。洗った顔をタオルで押し付け、鏡に映った自分の左側を睨む。
「チッ…クソッタレが…ッ!」
部屋に戻る途中に会った親父と擦れ違う直前に威圧感のある目に睨まれ、睨み返す。
「半年前から帰ってくるのが遅くなっている。何をしている」
「どけ。邪魔だ」
「お前にはオールマイトを越える義務がある。人と馴れ合ってる時間など必要ない」
「黙れ」
「誰とつるんでいる」
「てめェには関係ねえだろ」
舌打ちをして歩み始めると肩を掴まれそうになり反射的に叩き落とし、一睨みしてから部屋に戻った。
最悪だ。最悪だ、最悪だ、最悪だ…!勘づかれた。何されるか分からない。あいつは相手に金でものを言わせる。黒冷が何されるか分からない。だからといってあいつと一緒にいることをやめたくなんかない。家に帰りたくない。黒冷の隣は居心地がいい。あいつは静かだ。余計な詮索はしてこないし、個性にも触れてこない。俺もあいつを詮索しない。個性にも触れない。近いのに遠く、遠いのに近い、丁度いい距離感。黒冷は初めて出来た友達と呼べる存在で、黒冷の隣は、唯一心が許せる居場所で。
あいつが転校してきてからの学校生活が楽しい。一緒にいる時間が輝いているように見える。エンデヴァーの息子だってだけで珍しい珍獣を見るかのように遠巻きに見られ、頼んでもねえ期待を寄せられた。俺を気に入らねえと突っかかってきた奴もいた。個性を見られるとチートと言われる。何も知らねえくせに。どいつもこいつも好き勝手してくる。だからこそ、黒冷の興味無さげな態度が、詮索してこない態度が、何も期待していない、どうでもいいと浮かべた目が、ただの人間を前にしたような黒冷が嬉しかった。
鞄を持って家を出る。今から黒冷に会うのが楽しみで仕方無い。
今日は学年が上がって3年生になる。入学式があったな。そう言えばクラス替えもあったはず。やべぇ忘れてた。黒冷と別々なっちまうかもしれねえ。どうしよう。
柄にもなく焦る。クラスが違ったら授業中話しかけることができなくなっちまう。クラス替えだけじゃねえ…席が離れたらそれもまた同じこと。
学校に向かう脚が早まる。ドキドキと心拍が上がっていくのが嫌なほど感じ取れた。
結果を言えば、黒冷とは同じクラスだった。心の底から安堵して、思わず溜息が零れる。校門横に設置された人集りの多い掲示板から離れると掲示板に見向きもせず目の前を通り過ぎてった黒冷を見つけて脚を動かした。
「黒冷」と声掛けをしてポンッと肩を乗せれば、キョトンとした雰囲気を醸し出す。
「おはよう」
「おはよう。で?」
「クラス割、見たか?」
「まだ」
目の前で素通りしてったんだ。見てるはずないもんな。
「同じクラスだったぞ」
「マジか」
「マジだ」
「今年もよろしくな」と言えば、面倒くさそうな流し目。俺に構いなく歩き出した黒冷の隣に並んで歩く。
「で。放課後暇だろ?」
「決定づけるな」
「蕎麦が食いたい」
「またかよ。ほんと好きだね」
ここ最近になって見られるようになった黒冷の薄らとした笑み。周りから見ればただの無表情にしか見えないだろうがずっと見てきた俺には変化が分かる。そしてこれは多分無意識だ。
俺だけ、という優越感が心を満たす。なんだか嬉しくて口元が緩んだ。